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2026年09月07日07:25

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(まとめ)ACIMの読書感想文

NACの奇跡講座の読書感想文


奇跡講座のおかしな説明については

神が子を創造した
とか
その子(キリスト)に小さな狂気の考えが「忍びこんだ」
とか

(もし私が自由にしたらどうなるのかしら?)

じつはそこに
個だけではなく、
主体化
というものが
両方
すでに発想されていることに注意)

そして催眠がおきた
選択できるマインドは意識(二元)の状態であり、
天国(ベッド)のことを忘却している
(ゲイリーレナードさんによる説明)

という催眠状態

のことを正確に説明していないのである

したがって主体化催眠は実在レベルの存在がなしたことであり、それが夢のようにおきている

まず
これについては
純粋非二元であるなら
神が子(キリスト)を創造することはおかしいし

子(キリスト)に小さな狂気の考えが「忍び込んだ」
という表現も、いったいどこから??
ということでおかしい

また、
選択する意識をもつマインドが天国そのものを忘れていることも
(つまり催眠状態)

も催眠状態以前の存在がそれをしなくては不可能だといえるだろう
それ以前の状態とは何か
それは実在だろう

しかし
奇跡講座は純粋非二元だと宣言し
神はそんなことはしらない
という

これはあきらかに
机上の空論的な形而上学的弱点がある

なぜなら
実在(神)に
夢のエネルギーうみだす
動機(つまりサブ性質のようなもの)がなければ
夢のエネルギーはないはずだからだ

(奇跡講座の教えでは
心は神に還らなくてはならない
たんに夢にはパワーがあるため
それをたんに否認することで神に還ることはできない
とも説く)

ならば
やはり
夢のエネルギーをうみだす実在における動機があったことになる
奇跡講座はこのことを否認しており
神、キリスト、聖霊と、区別させ
神は夢についてはしらないと説明する
しかし
神と一体である聖霊だけが夢をしっている
というごまかしの形而上学を語っている

奇跡講座では
神が、キリストに小さな狂気の考えが浮かんだ
と責任をかぶせ、
聖霊しか夢はしらない
と
さらに責任を完全否定する

あきらかに
矛盾した形而上学である

ほかにも
おかしな点がある

選択する意識をもつ天国そのものを忘れている
催眠状態(マインド)
と
さらなる催眠状態(エゴ)
を
2段階にわけていること
これについては
べつにかまわない
天国の記憶つまり聖霊
から
怒りの神へと変貌する説明は
納得できる

しかし
説明があまりない点は
エゴの段階にいたるためには
「好奇心」によりマインドがエゴを選んだはずである(まだ罪悪感はないから)

そして
エゴは好奇心かつ苦しみの存在となる
そして
その性質を外部に置こうとする(偽りの神)

問題は、その偽りの神というのが怒りの神
だけであるという説明である

そして
エゴはその怒りの神から逃げるために
宇宙を投影したと説明する

これは説明が片落ちだろう

では
好奇心の力動はどこへいったのか?

ニセの神を外部に置くなら

その神は
怒りの神だけでなく、好奇心の神でもあるはずである

あるいは
怒りだけを外部に置いたなら

好奇心はエゴ(自我)にまだあるはずだから

自我が宇宙を投影するとは、
たんに逃避することだけでなく、好奇心もあったはずである。しかし、奇跡講座の教師はそのことを完全無視している発言がみられる
(これについては、ゲイリーレナードさんのほうが、まだ個別化への関心について語っているため説明がましであるといえる)

ゲイリーレナードさんの話のなかにも
疑問点がある
罪悪感だけをとりあげ
世界を楽しんでもいい

と片落ちの説明をしている

これは
上記の宇宙の投影の動機について
誤解した
片落ちの理解(恐怖だけで宇宙を投影した)
によるものであり

このような不十分な理解では

完全なる覚醒は
不可能であるといえる

さいごに
2段階の主体催眠(マインド、エゴ)
においては
結局は
主体化という信念が無意味であることがわからないかぎり
覚醒は無理であろう
なぜなら
主体化信念であるかぎり
聖霊(天国の記憶)は
概念でしかないからだ

そして
エゴの段階では
催眠の段階というのは
主体化信念より
さらにひどい解離催眠であるということだが、そのひどいエゴの性質は
「神を忘れているので」
私は神から離れて罪悪感を抱いている
という認識は
当事者(エゴ)にはない

もし神の認識があるなら
私は神から分離して罪悪感を抱いている
というのはおかしな声明だからだ

覚えているなら分離していないし
分離しているなら、忘れているはずだからだ

前者においては罪悪感はありえないし
後者なら、(苦しみの状態はともかく、)神にたいし罪悪感を自覚しているというのは矛盾している

奇跡講座はこの点について
不完全な理解のために

エゴ
罪悪感を外部におく
怒りの神
逃避
宇宙の誕生という

奇妙な展開説明をおこなっている

正確な展開においては
自我(好奇心そして苦しみ)
自らの不完全さによる、客体の妄想(好奇心であり、嘆きの神)
であり
その膠着状態から
シナリオを宇宙を作り天界から地獄界を作った
ということだろう
在るがまま(平安)ではない
I AMという特別な愛を反映する天界
と
I AMの嘆きを反映する地獄界までを



以上は、宗教ではないといスピリチュアルである奇跡講座の本を

読書そして学習させていただいたうえでの
読書感想文である

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