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2026年09月03日08:44

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仕事の階梯と価値について、少し考えた。

A→B→Cと進むにつれて、やっていることは同じジョブの延長として分類できるのに、なぜか価値が上がっていくように感じられる。それはなぜなのだろう。

まず、いちばん基礎にあるのはA段階である。
Aとは、個別の対象に直接働きかけ、結果を出す仕事である。
たとえば、ある作物を育て、収穫し、売ること。
あるいは、定められた手順やプログラムに従って計算を実行し、結果を出力すること。
医療でいえば、個別患者に対する診療・処置・検査・治療の遂行がこれに当たる。
Aはもっとも基礎的な段階である。
これは簡単だとか価値が低いという意味ではなく、あらゆる上位段階のベースになる、という意味での基礎である。

次にB段階がある。
Bとは、Aを何度か繰り返した経験から、そのやり方、コツ、技術を言語化し、他者に伝えられる形にする仕事である。
作物について言えば、育てて市場に出す経験を重ねた上で、その作業上の知見を口頭や文書で他者に伝えること。
計算について言えば、効率よく実行するための手順やプログラムを作り、さらにそのノウハウを教えられる形にすること。
医療なら、個々の診療経験から得た手順や勘所を、教育可能な形に整理する段階である。

さらにC段階がある。
Cとは、複数の事例を一般化し、ある領域の原理や体系としてまとめる仕事である。
作物の例なら、特定の作物だけにとどまらず、多種の作物に通じる知見としてまとめ、他者のために残すこと。
計算の例なら、多様な計算に通じる、効率のよいプログラムの作り方についてのテキストを書くこと。
医療でいえば、個別疾患や個別技法を超えて、一般診療原理、研究方法論、教育体系としてまとめる段階である。

そして、もう一段上のD段階も考えられる。
Dとは、複数の体系を比較し、配置し、接続し、知の地図そのものを作る仕事である。
これは直接の仕事の遂行というよりも、百科事典的、あるいは哲学的な仕事に近い。
C段階でできあがった各領域の大系をさらに見渡し、それらの位置関係を明らかにし、接続可能性を示す。
つまり、知の個々の内容だけでなく、知の全体構造そのものを扱う段階である。

一般化すれば、こうなる。

A = 個別対象に働きかけ、結果を出す
B = そのやり方・コツを言語化し、他者に伝える
C = 複数事例を一般化し、ある領域の原理・体系としてまとめる
D = 複数の体系を比較・配置・接続し、知の地図そのものを作る

ここで興味深いのは、AからDへ進むにつれて、同じジョブの延長にあるはずなのに、価値が上がるように感じられることである。
おそらくそれは、個別性から離れ、再利用可能性と波及効果が増していくからだろう。

Aは一つの仕事を成し遂げる。Bはそのやり方を複数人に渡せる。Cは領域そのものの理解を形にする。Dはさらに複数領域を見渡せる地図を与える。
つまり、上位に行くほど適用範囲が広がり、時間的にも空間的にも効力が伸びる。
価値の上昇とは、偉さというより、作用範囲の拡大として理解したほうがよいのかもしれない。

そして、ここでまた「4」という数が現れるのも面白い。

以前考えた存在の4レイヤー
�(�理的実在 �▲轡好謄狹�・組織的実在 �J�語的実在 �な�語をさらに抽象化した数学的・哲学的モデル
とも、どこか照応しているように見える。参照https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1991695764&owner_id=68785028&from=list_diary_title

また、人の分類についても、正義の味方、悪党、悪魔の手先、トリックスター
という四分類を考えたことがある。メインボリュームは「悪党」である。

人の認知にとっては四つ程度の分類が把握しやすいのかもしれない。

ひょっとすると、形態の分類において、四分類あたりが人間の認知にとってちょうどよい、ということの一つの表れなのかもしれない。
いや人間一般ではなく、ここは「私という人間にとっては」という制限を付けておこう。
二分類では粗すぎ、三分類ではやや圧縮が強く、五以上になると見通しが悪くなる。
四分類は、差異を保ちつつ全体も見失わない、認知上のほどよい単位なのではないか。
仕事の分類においても、存在論においても、人物類型においても、同じような傾向が顔を出しているように思える。


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