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2026年09月01日05:40

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考察 紙の本と電子の本

ミズン『言語の人類史』(岩坂彰訳、河出書房新社)を読んでいる。
言語の発生を人類史の流れの中でたどりつつ、他の霊長類との差異まで含めて精密に検証していく大著である。本文約400ページ、注釈と参考文献リストでさらに約100ページ。なかなかの重量級だ。

ネットで調べると、税抜き4500円。
これはさすがに、いきなり買う前に少し中を見たい。そう思って図書館の蔵書を調べたところ、隣の市に所蔵があると分かった。大阪府立図書館まで行くのは大変だなと思ったのだが、ありがたいことに隣市の図書館との連携で貸し出してもらえる仕組みになっていた。さっそく借りて、読み始めた。

また例によって並行読書ではあるが、今のところ一日15ページほどのペースで進んでいる。
2週間、さらに延長で2週間、合計4週間読めるとすると、単純計算で420ページ。つまり、本文だけならなんとか読み切れるかもしれない。

ただ、この本はどうやら私にとって「大当たり」らしい。
読んでいて、これはかなり価値の高い本だと感じる。とりあえず借りた本を最後まで読むつもりではいるが、それとは別に、我が家の本のエントロピーを増大させてでも、自分の本として手元に置きたくなってきた。

そこで気になるのが、買うなら紙の本か、電子の本か、という問題である。

アマゾンで調べると、この本はKindle版も出ているらしい。
さて、どちらを選ぶべきか。

ここで思い出す本がある。
50年近く前、これに比肩しうるような大著を、私はうっかり買ったことがある。大学に入ったばかりの頃、一般教養の「哲学」の履修案内に載っていた参考文献を大学生協で注文したのだ。必修の教科書ではなく、あくまで参考文献である。入荷の連絡を受けて買いに行ったところ、「6000円です」と言われて目が点になった。まだ消費税もなく、学食の安い定食が280円だった時代の6000円である。たまたま財布に一万円札が入っていたから払えたものの、あれはなかなかの衝撃だった。

その本は、B・ラッセル『西洋哲学史』(みすず書房)。
うっかり買った本ではあったが、これを後悔したことは一度もない。十分すぎるほど元は取った。何度も読んだし、特定の章だけ読み返したこともある。いまでは迷宮のような物置の中でも、この本がどこにあるかだけはちゃんと記憶している。もちろん、ラッセルの立場や時代的限界はあるし、同時代の学生だったウィトゲンシュタインや、それ以後の哲学者については当然載っていない。だが、それでもなお値打ちのある本だと思っている。

そして、ここで考える。
もしあの当時に電子書籍が存在していたとして、あれほど繰り返し読んだだろうか。手擦れするほど付き合っただろうか。そこは、少し怪しい。

そう考えると、現時点での結論は紙の本である。
手元に置く本、何度も読む本、長く付き合う本というのは、やはり紙で持ちたい気持ちが強い。

とはいえ、話はそれほど単純でもない。
自分の残りの可読寿命、なかでも視力のことを考えると、活字を何倍にも拡大できる電子書籍の利点はあまりにも大きい。注釈にすぐ飛べるリンクがあるなら、それもかなり魅力的だろう。実際にどうなっているかは確かめないと分からないが。
それにもう一つ、これはかなり現実的な問題として、自分の年齢を考えると、本の処分の手間を家人にかけることになるかもしれない、ということもある。

紙の本には紙の本の記憶の残り方がある。
電子の本には電子の本の、読み続けるための合理性がある。
どちらにも、それぞれ捨てがたい理由がある。

本を買うというのは、内容を買うだけではなく、どういう形でその本と付き合うかを選ぶことでもある。
貸出期限いっぱいまで、もう少しこの問題を考え続けようと思う。
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