mixiユーザー(id:68785028)

2026年08月30日05:16

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真のリベラルであり続けたい

以前にも書いたが、『考察する若者たち』における「考察する」が、三宅香帆氏によれば「作者が提示する謎を解くこと」へと狭く定義されていることに、私は引っかかった。
同じことは「リベラル」という言葉にも起きているように思う。
ネット空間ではこの語が、本来の広がりを失って、気に入らない善人ぶりや、特定の政党支持者を指すレッテルのように使われがちである。

言葉の広がりが不当に痩せさせられ、雑な分類や対立の道具にされていく。
私はそこに、ネット言論が持つ「差異の拡大」や「分断の拡張」という、好ましくない傾向の表れを見る。
しかも厄介なのは、言葉を痩せさせるだけ痩せさせておいて、その代わりとなる豊かな表現が、そこからほとんど生まれてこないことである。

このままではネット空間が、本来なら自由や寛容をめぐる議論を豊かにするはずの言葉そのものを、互いを分類し、排除するための道具に変えてしまいかねない。

私は、リベラルという言葉をそういう狭い檻に閉じ込めたくない。
自由であること、異なる意見を許容すること、自分自身の側の正しささえ疑ってみること。
少なくとも、私はそういう精神を手放したくない。

それ以上に、私は言葉を痩せさせる風潮そのものを、断固として忌避したい。


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