トランプ大統領が公開させた米軍や捜査機関のUFO関連文書が、ほとんど反響を呼ばなかった。陰謀論めいた「やはり軍やFBIは隠している」という騒ぎすら大きくならなかったところを見ると、結局は誤認、錯覚、いたずら、ジョークといった、きわめて常識的な確認ばかりだったのだろうと思う。
薄い雲にヘッドライトやショッピングセンターのレーザー光が映り、ジグザグに動く、慣性も加速度も無視した飛行物体のように見えてしまう。映像には質量がないのだから、そうした錯覚は案外たやすく生まれる。
実際、文化祭の小中学生のビデオ劇でも、消失や瞬間移動くらいなら簡単に見せられる。
その一方で、プロの映画制作者は、映像に現実感を与えるために莫大な手間をかける。CGであっても、質量が生む「タメ」や迫力をどう現実と重ねるかに神経を使う。これはゴジラのような怪獣映画に限った話ではない。
もっとも、怪獣映画で、水際で二体の巨大生物が格闘する場面になると、話はさらに厄介になる。怪獣だけを巨大化してみせても、水滴の大きさまで怪獣の縮尺に合わせて相対的に小さくなるわけではない。水滴の大きさは表面張力などによって決まり、単純な縮尺相似には従わないからだ。
たとえば、ミニチュア人形を崖から落として「追い詰められた犯人は命を絶った」と見せる場合でも、映像はスローモーションで処理するだろう。
それは、飛行機の縮尺モデルの風洞実験で、スケールに応じて流体力学因数(レイノルズ数など)を合わせるのに、ちょっとだけ似ている。
リアリティを出すには、現実の物理的制約に対応するものを、映像の中にも作り込まなければならない。
観客は、ただ珍しいものを見せられただけでは驚かない。そこに現実の重さが感じられて、はじめて「本当にありそうだ」と思うのだ。
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