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2026年08月23日00:01

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八代将軍「吉宗」を演じた役者から、歴史を少し考える

徳川吉宗と聞いて、まず誰の姿が立ち上がってくるだろう。
松平健だろうか。山口崇だろうか。浜畑賢吉だろうか。あるいは西田敏行だろうか。

私にとっての吉宗は、やはりドラマ『大岡越前』の“公方さま”、山口崇である。
正義感にあふれ、お付きの護衛をまいて市井の厄介ごとに首を突っ込み、越前守(加藤剛)や同心の村上(大坂志郎)を振り回す。
けれども最後には、奉行の要請に応えて白州にまで姿を見せる。
あの、どこか茶目っ気のある親しみやすさと、それでいて将軍としての器の大きさが、実に魅力的だった。

それに比べると、松平健の『暴れん坊将軍』の吉宗は、かなり性格が違う。
もちろん、あちらにはあちらの痛快さがある。
ただ、自分の家来の不正を「構造」として正すよりも、最後は「成敗!」で片をつける印象が強く、私には山口崇の吉宗とはずいぶん違って見える。

一方、NHKの時代劇で吉宗を演じた役者たちにも、それぞれの吉宗像があった。
浜畑賢吉がドラマ『男は度胸』で演じた吉宗には、知性と端正さ、そして冷静さがあったように思う。
西田敏行が演じた『八代将軍吉宗』は、また別の意味で忘れがたい。
イケメンの子役から、疱瘡の包帯が外れたあとに西田敏行が現れたときは、失礼ながら意表を突かれて笑ってしまった。
しかし、その意外さも含めて、あれはあれで強く印象に残る吉宗だった。

こうして、時代劇の中の八代将軍を思い返していると、歴史とは単なる事実の集積ではなく、それをどう記録し、どう語り、どう描き出すかによって立ち上がる像なのだ、と改めて感じる。
同じ史実をもとにしていても、私たちの頭の中に残る「徳川吉宗」の顔は、実は歴史資料そのものではなく、松平健だったり、山口崇だったり、西田敏行だったりする。
上で抜けた浜畑賢吉の吉宗は、端正すぎて、歴史的吉宗像には近いかも知れないが破天荒さが不足して、記憶の主にならない。

そんなことを考えると、歴史上の人物というのは、記録されるだけでなく、その時代ごとに語り直され、演じ直され、イメージされていく存在なのだろう。

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