女優デルフィーヌ・セリッグによるドキュメンタリー映画。撮影されたのは1975〜76年。フランスとハリウッドで活躍する23人の女優たちに、「もし、あなたが男性だったとしてもこの職業を選んだか?」「他の女優と友好的な場面を演じた子とがあるか?」という二つの質問をして、そこから派生する思いを自由に語らせたインタビューによるドキュメンタリー。
予告で見た時、けっこう面白そうに思ったんだけど、例によって、このごろ映画館に入るとすぐに寝てしまう私。最初の方はだいぶ寝てしまった。
登場する23人の女優の中で、名前を知っていたのは、ジェーン・フォンダ、シンディ・ウィリアムズ、ミリー・パーキンス、マリア・シュナイダー、エレン・バーンステインくらいかな。フランス人の方は監督をつとめたデルフィーヌ・セリッグを始め、よく知らない人ばかり。というわけで、私にはよく知らない映画や人の話が多くて、実感が湧きにくかった。
二つの質問からわかるように、映画界の中での女性差別(女優以外のさまざまな仕事、演出、照明などをやりたいと思っても「女はだめ」と排除される。女性も40歳以上だと役がない、など)と、女性の描き方(女性の相手役は常に男性、そして女性が複数出てくるとしたら、ヒロインとそれに敵対する敵役という構図で、女性同士が連帯したり、仲よかったりするのは「ありえない」、仲がよい=レズビアンであり、性的な関係であると断定)という話が、手を変え、品を変え、女優たちによって語られる。
だいたい、どんな映画でも女性の相手役は男性で、女性が出てくれば、それはヒロインに敵対する敵役と決まっていた。女たちは憎み合い、攻撃し合い、嫌がらせをする。
そうした中にあって、例外的だったとされたのが、ジャック・リベット監督のフランス映画「セリーヌとジュリーは舟でゆく」(1974)だ。
この映画は、リベット監督に加え、出演者であるジュリエット・ベルト、ドミニク・ラブリエ、マリー=プランス・ピジェら4人の女優も脚本も参加した。出演者のひとり、ジュリエット・ベルトは、この映画は撮影の時からとても楽しかったと語る。この映画のタイトルは聞いたことがあったけど、未見。これは、当時としてはきわめて希な「女性の友好的な関係」を描いた作品だったらしい。ちょっと見てみたくなった。
ジェーン・フォンダとヴァネッサ・レッドグレーブが主演した「ジュリア」(1978)について、ジェーン・フォンダが語るところも面白かった。
「ジュリア」は私も見たことのある感動作だったが、作家のリリアン・ヘルマン(ジェーン・フォンダ)とジュリア(ヴァネッサ・レッドグレーブ)の深い友情は、映画の制作現場でも、それを取材するメディアにも理解されなかったとフォンダは怒りを込めて語る。。
制作現場では、二人の女性の親しさを表す場面からできる限り「身体接触」を減らそうとした(監督はフレッド・ジンネマン)。それは、二人の関係がレズビアンであると誤解されるのを防ぐためだった。どんな親しみを表す動作や言葉も、「女性同士の性的な関係と思われないようにする」、というのが徹底されており、別れ際にハグしてごく自然に両頬にキスをするようなシーン、そこでの「愛してる」という言葉も、脚本から削られた。
女性が親しい関係にあることや、親しみを言葉や仕草で表現することは当たり前のことなのに、それらが禁じられたのは、とても不自然だったとフォンダは述懐する。
さらに、映画ができあがって最初に取材に来たBBCは「ベッドの上の赤(左翼)」という見出しをつけた。運動家のレズビアンの映画だという見立てだった。
このジェーン・フォンダの部分は、私も見たことがある映画の話だったので、眠気も吹っ飛んで、乗り出しすように見入ってしまった。
この映画の中では、フランス人はフランス語で、アメリカ人は英語でインタビューに答えていたのに、ジェーン・フォンダだけは、すべてフランス語だったのにはちょっと驚いた。それも淀みのないフランス語で、アメリカ人にしては珍しい、と思ったら、そうでした、ジェーン・フォンダはあの女たらしのフランス人映画監督、ロジェ・バディムと結婚していたことがあったんだ。納得。
当時としては、映画界のタブーとされていたようなインタビューだったのだろうと思うけど、もうちょっとメリハリのある編集だったらな。
今は、女性の監督や脚本家も多いし、女性同士の親密な関係を描く作品も全然珍しくない。それでも、男性の視点からステレオタイプな女性像や女性同士の関係が描かれているというようなのはまだあるかな。そういう意味では、まあ、今上映する価値はあるのかも。
8月20日 京都シネマ
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