Z世代とは、一般に1996年から2012年ごろに生まれた人たちを指すらしい。
2026年時点でいえば、おおむね14歳から30歳くらいになる。
もちろん、こういう世代論はあくまで中央値というか、主な傾向をざっくり言うものにすぎず、誰にでもそのまま当てはまるわけではない。
最近の若い世代が好むゲームには、対立や駆け引きを前面に出すものより、受動的というか、箱庭的に遊べるものが多い、という話を見かけた。
もしそうだとすると、昔ながらのゲームの中には、かなり逆方向の性質を持つものがある。
たとえばボードゲームの『ディプロマシー』は、その典型だろう。
仲の良いゲーム仲間どうしでも人間関係がこじれかねないほど、裏切りや駆け引きが中核にある外交シミュレーションである。
勝つためには、ある程度の裏切りがほとんど前提になる。
こういうゲームは、たしかに今の主流の感覚とは少し合わないのかもしれない。
そう考えると、トランプのポーカーやダウト、あるいは七並べの「止め」のように、相手を出し抜いたり、相手の進行を妨げたりする要素のある遊びも、今の感覚ではあまり好まれないのではないか、という気もする。
私自身は、そういう駆け引きにむしろ面白さを感じるほうだった。
学生時代によく遊んだトランプゲームに、ナポレオンがある。
切り札を決め、絵札を宣言数以上集めるあのゲームでは、ナポレオン軍と連合軍に分かれ、しかも連合軍を装う副官が潜んでいる。
私は、副官役をやるのも好きだったし、逆に連合軍側で副官をあぶり出そうとするのも、かなりぞくぞくする面白さがあった。
こういう楽しさは、今の流行とは少し違う種類のものなのだろう。
さらに昔は、政治や軍事を私物化して私腹を肥やす独裁者を風刺した『フンタ』のようなゲームが、半ば冗談として流行ったこともあった。
もちろん、あれはシャレをシャレとして理解する前提があってこそ成り立つ遊びで、そこにはそれなりのリテラシーが要る。
こういうタイプのブラックユーモアが、今の若い世代にどう受け取られるのかは、少し気になるところである。
ただ、ここで単純に「昔のほうがよかった」と言いたいわけではない。
Z世代にしばしば見られる、摩擦を避ける感覚や、空気を読みながら場を壊さないようにする態度には、もちろん良い面もある。
けれど、その感覚が行き過ぎると、多数によって少数が圧迫されたり搾取されたりしている場面でも、空気を読んで見過ごし、異議を唱えないことが美徳のようになってしまう危うさもあるのではないか。
正解は一つではないし、誰かに合わせるだけではなく、自分の尺度で考え、必要ならぶつかることも大事だ。
そういう熱さは、職場や、もっと大きくは社会を少しずつ良くしていく力にもなりうると、私は思っている。
古い世代の勝手な期待かもしれないが、いろいろな経験を積む中で、そうした感覚を若い人たちにも身につけていってほしい、と感じることがある。
若い世代へのエール、空気を読みすぎないで、自分の測度(速度や物差し)で生きて欲しいという思いを込めて
脳内BGM Lecca My measure
https://www.youtube.com/watch?v=lW5JSBOfabk
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