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2026年07月27日07:19

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クラシック動画視聴の楽しみ

YouTubeにはクラシック音楽の演奏動画がたくさん上がっているが、最近発見した楽しみ方は、音楽(聴覚)+視覚(動画&楽譜)である。

特にこの演奏。
マーラー交響曲第1番、マゼール指揮・ガリシア管。
(Recording made on May 17, 2012, at the Palacio de la Ópera in A Coruña)
G. Mahler: Symphony No. 1 "Titan" - Lorin Maazel - Sinfónica de Galicia
https://www.youtube.com/watch?v=IC56kGOgscI&t=1286s

私はPCに、この曲のバーンスタイン指揮・ニューヨーク・フィル版と、アンチェル指揮・チェコ・フィル版を入れてある。いずれも古いレコード由来で、著作権切れのため正規にDLできるサイトから入手したものだ。

マーラーの《巨人》は、バーンスタインだと「けれんみ、たっぷり」の演奏の最初らしい。一方、アンチェルの《巨人》はあっさりしている。
今回の動画は、指揮者ロリン・マゼール82歳、老境に入ってなお精力的な時期の映像である。この歳でも油が抜けない感じで、小澤征爾とは対照的だ。私は、ガリシア管弦楽団を指揮したこの映像の演奏が最高だと感じている。

これを見ながら楽譜を読む。いわゆるポケットスコアで、私が持っているのは日本楽譜出版社のもの(税抜1800円)。

演奏中、管楽器の首席奏者は吹いているのに、二番手以下の奏者は暇そうにしていたりする。オーボエなど、リードだけ口にくわえて調子を見ていたりする。
トランペットは音量が大きいので、たいてい首席奏者だけが吹いている。全員が吹くのは、最高音量のフレーズだけである。
これは、ホルンがクローズアップされる場面ではほぼ全員が吹いているのと対照的だ。
ホルンは合奏で厚い響きを作る場面が多いため、全員が吹くことが多く、そこがトランペットとの違いでもある。
そして、ティンパニーの二人目の奏者の存在は終楽章まで分からない。二番手奏者がマレットで叩くのは終楽章のみだからである。

カメラの目線も面白い。スイッチャーがこの曲の音の出所をよく知っているのだろう、重要なフレーズを演奏する楽器を撮っているカメラへ、実に的確に切り替わる。

私には、老境のマゼールはこう見えた。以前ChatGPTにこの演奏を評させたところ、私の印象を非常によく言語化してくれたので引用する。

これはまさに、老巨匠が「衰え」ではなく「燃焼」で円熟を迎えた奇跡の記録。
テンポ設計は緻密で、まるで建築家のような精度。
なのに響きは若々しく、リズムの跳ね方が鋭い。
終楽章のクライマックスでは、老マゼールの腕がまるで指揮棒ではなく炎を振っているよう。

引用終了。

マーラー《交響曲第1番「巨人」》という作品は、若い作曲家の「世界を我が腕に抱きしめたい!」という熱狂と、同時に深い孤独と諧謔が同居した、複雑な青春のような音楽だと、誰かが評していた。
マーラー自身も作曲家兼指揮者だったが、当時の録音技術では、この巨大な交響曲を録音しきれなかった。

ポケットスコアを見ながら聴いているのだが、演奏シーンに目を奪われて、楽譜との対応が分からなくなることもしばしばある。
コンサートを聴きに行くと、取った席から見えるものしか見えない。だが動画では、熟練のカメラマン複数と、音楽をよく分かっているスイッチャーが、奏者や指揮者の見どころを的確に教えてくれる。

こんなふうに見て聴くと、マーラーがこの音楽を、建築のように緻密に設計していることがよく分かる。


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