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2026年07月04日05:55

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究極の杞憂

「杞憂」という言葉がある。
天が落ちてくるのではないか、地が崩れるのではないかと心配して、眠れなくなった人の故事から来た言葉で、要するに取り越し苦労のことである。

私にも、ひとつそういう杞憂がある。
太陽は少しずつ明るくなっていくので、数億年もたてば海は失われ、地球の生態系は大きく崩れてしまうだろう、という心配だ。

もちろん、そのころ人類がまだいるかどうかも分からない。
だから、こんなものは杞憂の見本みたいな話である。

それでも考えてしまう。
もし人類があと数万年でも文明を保っていたら、近隣の恒星系にある、もう少しで住めそうな惑星を改造して、地球生命を広げていくことはあるかもしれない。
以前書いた「播種宇宙船構想」も、そういう発想の延長にある。

だが、では地球そのものはどうするのか。
しかし、移住できたとしても、故郷である地球そのものを失ってよいのだろうか。
残された地球生態系を、ただ見送るだけでいいのか。

たとえば、軌道エレベーターをうまく使って地球の軌道を少しずつ外へ広げられないか。
あるいは『妖星ゴラス』みたいに、月に巨大ロケットを作って地球‐月系ごと太陽から遠ざけられないか。
そんなことまで考えてしまう。

今の科学技術では、もちろん無理である。
でも私は、自然に生まれた地球生命というものは、それほどまでして守る価値のあるものだと思っている。

だからこれは、たしかに杞憂だ。
けれど、私にとっては少しだけ本気の杞憂でもある。
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