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2026年06月04日07:35

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「安楽死」について、現時点での私の考え

昨日、安楽死についての現時点での自分の考えを、MIXIの「哲学が好き」というコミュニティの「安楽死の善と悪」というトピックに書き込んだ。
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=929559&id=100736013 の[280]
要するに、私の立場は、医療者が患者に死を与えること――それが直接の安楽死であれ、医療者による自殺幇助であれ――には反対、というものである。

理由は大きく二つある。
ひとつは、そうした行為が文明における医療倫理を濁らせ、少しずつ縮退させてしまうのではないか、という懸念。
もうひとつは、他者の苦痛を第三者が客観的に判定できる、という考え方そのものに無理があるのではないか、ということだ。
私はこの二点が大きいと思っている。

一点目の医療者の役割が「治療し支える人」から「死を与える人」へ一部変質することに、私は強い違和感を覚える。
そう考えると、そもそも医療倫理とは何か、という問いに行き着く。
すぐ思い浮かぶのは「ヒポクラテスの誓い」だが、古代の文脈をそのまま持ち出すのは少し違う気もする。
むしろ現代的なエッセンスとしては、「ジュネーブ宣言」のほうが近いのだろう。

たとえば、2006年版のジュネーブ宣言には、

・全生涯を人道のために捧げる
・人道的立場にのっとって医を実践する
・人命を最大限に尊重する
・患者の健康を第一に考慮する
・患者の秘密を厳守する
・患者に対して差別や偏見を持たない

といった内容が含まれている。
QOLやQALYのような、現代の医療経済でよく使われる概念はまだ前面には出ていないが、それでも医療の基本としては、かなりまっとうなものに見える。

私の中で「理想の医師」として思い浮かぶのは、現実の人物ではなくフィクションの人物だ。
山本周五郎の描く「赤ひげ」こと新出去定であり、そのイメージには映画やドラマでこの役を演じた三船敏郎や小林桂樹の姿も重なっている。
私には、この人物がヒポクラテスの誓いやジュネーブ宣言の精神を体現しているように思える。

では、もし彼が、安楽死が必要だとされるような状況――たとえば鴎外の『高瀬舟』のような場面――に向き合ったら、どうするだろうか。
たぶん私は、その問いをずっと頭のどこかで考えながら、安楽死の問題を見ているのだと思う。
今のところの私の意見は、そこを土台にしている。
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