本日の仏教読書の整理内容
無記については、
釈尊は、五蘊(色受想行識つまり身心)ではないので、そのような意味で
死後、彼が存在するとか、しないとか
は回答されませんでした(無記)。
世界についても、無限(常見)か有限(断滅見)
かは回答されませんでした。
なぜなら
世界とは五蘊のことであり、空性(つまりドゥッカ、空虚すなわち苦)の縁起によって
あらわれている仮の変化エネルギーだからです。
五蘊は無常、苦、変化です(苦諦)
それは実体的な意味での有でも無(虚無)でもなく、空性縁起エネルギーです。
煩悩(貪、怒、痴)という燃料によりつづいていました(苦集諦)。
五蘊(心身)は無常であり、苦であり、変化するものなので
私ではなく、
私の我でなく、
私のもの
でもありません。
(別の説明。
五蘊は我ではなく、
我は五蘊をもつとか、我のなかに五蘊があるとか、五蘊のなかに我があるのではありません)
五蘊(心身)を厭離し、離貪し(道諦)、解脱できます(滅諦)。
涅槃とは別名でもかかれています
(無漏、無災、不老、吉祥、微妙、帰依、不可思、不可視、寂静、無為など)。
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