法とは最低限の道徳・倫理であるといわれるが、弱い者が最後に拠り所にするモノ。一方、強い者にとっては、都合の良いときにはこれに従い、都合の悪いときにはこれを破ることが出来る、恣意的に採否を取れるモノ。
国際法など全くその通りに使われているな、と昨今の国際情勢(だけでなく、昔から)からつくづくそう思う。A・C・クラークはその論理を超えた存在として、オーバーロードを仮想したが、これも前段の「強い者」の恣意性をもつと、今の私は超シニカルに思ってしまう。
結局のところ、法もまた「力の一形態」に過ぎないのかもしれない。
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