私はどうも、議会制民主主義びいきで、しかも「権力は長く握れば、最初は誠実だった人間もやがて堕落する」と考えがちなところがある。だから未来ものを読んだり考えたりしても、政治の着地点はついその価値観に沿ったものになりやすい。
たとえば、眉村卓の『司政官』や「ロボット官僚」のような任命制の統治には、どうしても抵抗を感じる。田中芳樹『銀河英雄伝説』のラインハルトも、本人一代ならまだしも、その後継者がどうなるかはわからない。光武帝のような出来た君主であっても、専制君主制は結局どこかで駄目になるのではないか、と思ってしまう。AI統治にしても、『マザー・イライザ』(竹宮恵子「地球(テラ)へ」)的なお節介な管理社会になりそうで、あまり気が進まない。
では、官吏や役人の登用はどうか。
科挙のようなペーパーテスト優先の制度だと、今度は鼻持ちならないエリートだけが上層を独占しそうな気がする。能力主義は公平に見えて、別の種類の閉鎖性を生むのではないか。
そういえば佐藤大輔の作品に、官僚の半分は能力主義で採用し、残り半分は「コネクション」で採用する、という社会があった。最初はずいぶん乱暴な制度だと思ったが、100%能力主義よりは、むしろ少しマシなのかもしれない。能力だけで選ぶと、同じような価値観や経歴の人間ばかりが集まりやすいからだ。コネ採用にはもちろん弊害も大きいが、支配層の均質化を崩すという意味では、一考に値する気もする。
有能さと誠実さをどう両立させるか。そしてそれを制度としてどう担保するか。未来をどう描いても、結局は人間という不確かな要素から逃れられないのだろう。ここは、考えれば考えるほど難しい。
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