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2026年03月06日06:16

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リアル書店にて

昨日はリアル書店に行った。そこで、とある異世界転生小説を見かけ、その紙の本を立ち読み。裏表紙の惹句と本分1ページ強を立ち読みして、後でネットで探すと、カクヨムと「なろう」でWEB版を発見し、今読んでます。けれど、有料版や紙の本まで購入しようとは思わない。

WEBで「なろう」系小説読んで、有料版を買おうと思い・実際に買ったのは「戦国小町苦労譚」と「理想のヒモ生活」くらい、それらでも電子本どまり(紙の本という選択に至らないのは、私の積ん読と、断捨離圧力←思ってるだけ、に依るんだけど)。

読みたい紙の本は、忘れる頃に図書館に配架されることを期待して待つようにしてる、それほどまでにリアル紙の本の物理的圧力は大きいので。いっそすべてを電子本に揃えられたらさぞかし楽になるだろうが。

今日、その書店で、売野機子『ありす、宇宙までも』の最新刊も発見して買いそうになったが、売り切れることはないだろうと、まだ購入した絹田村子「数字で遊ぼ」9・10・11も残っている(15巻まで出ているが、買い尽くしてはいない)から、それまで書店に預けておこうと、今日は買わなかった。

文学作品や漫画に必ず「問い」が必要かと言えば、そんなことない。テーマ性を持つことを拒否している作品もある(「マカロニほうれん荘」や「ボボボーボ・ボーボボ」とか)。でも、作者が「書きたい・描きたい」というモノがあるから作品が成立する。
それが、読者を笑わせたいという欲望でも。

ただ、「感動させて、売りたい」というミエミエの作品はゴメン被りたい。この典型は1980年代に評判になった○○という作品(ディスる事になるのでヒントのみ)、感動させるだけ、部数稼ぎだけの、作品。私・読者の疑問「問い」は、死んだ父親の借金を子供が妻が肩代わりする(なぜ相続放棄しなかったの)?これは貧乏と善意と成功の感動を生じさせるための舞台設定に過ぎない、と。頭の中で「ざるそば」と勘違いしてた。


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