■<ストレス発散>バイクで疾走、AIに相談……マイナス思考を解消するためにみんなは何をやってる?
(ママスタセレクト - 12月29日 13:30)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=176&from=diary&id=8613980
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2年前に大腸がんで1名、そしてほんの少し前の12月30日に大動脈瘤乖離で1名、大学時代からの親友が逝ってしまい、またストレス耐性について再考する機会がありました。
ストレス耐性理論その1は「領域分類」です。あるストレス源と思しき課題が「自分」「他人」「環境」のどこに属するのか?
「自分に属する課題」ならば自分の権限や能力でどうにかするべく最善の対応を行えばよくて、他人や環境に属する課題は「どうにもならんのだから、とっととあきらめる」というのが基本線です。
親友2名の死去はまさに「他人」「環境」の課題なので、私にはどうすることもできないのでストレスとはなりえない…理論上は。ただ感情は当然あって、葬儀では泣けてしまったけれども、それは「自分」の領域に属する部分がすくなからずあったということなのでしょう。「単なる知人」や「そこそこの友人」ではなくて2名とも「かけがえのない親友」だったので。
「何がそんなに悲しいんだろう?」と自問自答した時、「あぁ、二度と彼らと大学時代からの思い出でバカ話ができないんだ」「なにか新しい課題についての見解も聞けないんだ」というのが浮かび上がってきました。特に前者の「楽しかった過去」を語り合えるのは、「あの日あの時あの場所を共有した人間」しか不可能に近いわけで。しかも大学生という立場も近しかった2名でなければ叶わぬことなんですよね。
仮にAIで親友を模した存在を作り上げたとして、それっぽい会話ができたとしても、それはあくまでもAIに過ぎず本人ではないわけで。どうあっても彼らに「復活」や「再誕」をしてもらう以外の方法がないわけで。
ストレス耐性理論その2「誰もが諦めるこの状況で、まだあきらめてない俺ってかっこいい!」の「ナルシスト理論」も親友2名の逝去に対してはあまり役に立たず。ナルシスト理論は「戦闘や非常事態が継続してる場合」には有効だけれど、既に逝去という結果が定まってしまった時点であまり意味はなくて。
結果が出てしまっていることについては「回避」「継戦」「闘志」「戦意」ではなく「受容」「解釈」「耐久」「回復」の段階なんですな。
そうなると1つ目の「領域分類」に頼らざるを得ないわけで。
・・・この文章を読んだら親友たちはどう思うんだろうか?その解も永久に得られないわけで、それがまた悲しい。
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