ナチュラルノンデュアリティ
(自然に在ること)
現在は自然、純粋、実在です
私は静寂に帰ろう(成ろう)
は
催眠です
今が実在という真実こそが
幻や催眠(私以降の活動)を
アンリアルなものとしていやすのです
偽りの目標があいまいなのは
そして
そもそもそれを目指すわたしがあいまいなのは
もともと実在していないからです
ホーム(基盤)とは
ハート(愛)ではなくて
自然さ
です
実在はあるがままであり、無条件、無努力です
自然さは確認する必要がありません
しかし
愛(特別性つまり私)は確認をしたがります
そして自らを憎んでもいます
活動的なものは不自然だから
です
ほんらい気づきに距離などありません
活動的(自我的)気づきは幻想です
ナチュラルスピリット(神)からの分離(距離 活動)は真実には起きていません
空想努力(活動)やその主体化現実は非実在です
私は客体に気づきたい
(もしくは
私は私の不在に気づきたい、私は全体に気づきたい、私は愛に気づきたい
なども)
だとか
さらには
私は方法(知覚とか、超感覚)により客体へ気づきたい
とかいうように
気づき
を複雑化しているのです
それらは
ナチュラルスピリット(存在 今 純粋 自然)のなかの
オートマチック(全自動)の幻想です
主体という制約を作ったのは
主体ではありません
ニルヴァーナ(静寂 非活動)
を
考え(活動)で作ることはできません
行動(活動)で作ることもできません
言葉(活動)で作ることもできません
アイデアは必要なく
何かを成す必要もなく
描写する必要もない
主体という制約を癒すのは
主体ではないのです
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