瓜生津さんの龍樹の解説本をよみおわっています
今は
まえにイオンで買っていた
講談社学術文庫(青い小さな本)の、龍樹、という中村元さんの書いた本を暇なときによんでいます
(龍樹さんの本はむずかしい本なので、カキコミ用に一冊、イオンの本屋さんで買っておいたのでした。)
きっかけはYouTubeの日本仏教の八宗綱要を紹介する動画をきっかけとして、
紹介されていたその本を図書館で借りたあと、そのほとんどの宗派の祖といわれる龍樹さん
について、
さらに図書館で二冊ほど借りてよみました。
二冊ともたしか瓜生津さんの解説でしたかね。
^_^
その龍樹さんの、概説の本を理解するまえに
図書館で科学者が書いた、文庫の、説一切有部(龍樹の中論の破邪のあいて)
の概説の本を
よみました。
これらの解説本を今日までよんで
いかに仏教史のことを全然しらなかったかがわかりました。
仏教の学者さんの知識は膨大なものです。
般若経だけでも600巻あるそうで、
ほえ〜、て感じですね^_^。
みずからが
いかに仏教学とはちがう
スピ系界にいたかをおもいしらされました 笑
あまり仏教に深入りする気はないですが、
暇つぶしに、今後も動画、本を借りたりするかもしれません。
わたくしはノートで世界観をいろいろ書いてますが
仮説してるだけなので
それに固執してるわけではありません。
ただ役に立つかもしれないから思い浮かんだらかいてるだけです。
そもそも形而上学は証拠(根拠)とはなりませんから^_^
ちなみに
龍樹さんはいかなる形而上学的主張もしていない
とかいてあります。
龍樹さんは中論や六十頌如理論において、おもに
否定の論理(そうではない そうではない ネーティ ネーティみたいな)
しかかいてないのは
正法は、たんなる思考ではないからです
龍樹さんが、否定の論理
をしているのは
空の論理といわれていますが、
空という、特別の論理がありそれを説いているのではなくて、、
空への否定論理という意味です
空は論理(思考)ではあらわせないからです
否定論理によって、論理の矛盾を暴露(自己矛盾をあきらかに)しているのです
まるで自我自身が
不自然な好奇心であり苦しみである葛藤の
ニセの存在であるように
思考や論理も、そうである運命なのです
龍樹は
否定論理により(そうではないという徹底)、により
とりあえず
世俗諦の真理である空縁起(諸法は皆な複雑変化である因縁に属する)
をあきらかにしています
それが龍樹の
破邪顕正(諸法実有を説く、説一切有部などを批判し、縁起という正法)です
その仮、空という正法(縁起)
によって
勝義諦(寂静 何もおきていない 不変)に帰還する
ということになります(空縁起は実在的生起ではないから)
ですので究極真理(何もおきていない)への
間接的な破邪顕正(諸法実有を説くおもに説一切有部にたいして)
そのための
形而上学的思考を否定するため
(概念は実在ではない)
への否定論理が
とりあえずの空への論理ということです
そして空縁起(世俗諦)は涅槃(勝義 寂静)に帰還するのです
素人なので、こんな感想でした。
ログインしてコメントを確認・投稿する