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2025年07月26日05:29

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素人の仏教感想

仏教書の感想


わたくしは
龍樹が王にたいして説いた
十地という途方もなく長々とした
菩薩への境地に関心はありませんが

龍樹の縁起については関心があります
そのまま信じるわけではありませんが。

龍樹が寄って立つ、龍樹がうまれる前に
興隆していた大乗経典は

説一切有部(紀元前100年ごろ)
に対する
批判をしたものでもあります。
初期大乗経典は紀元後100年頃に成立しています。
龍樹は紀元後200年頃にうまれました。

大乗経の般若経や、龍樹の教えは
実有論としての有無として生起しないあり方でによって、つまり
因縁によって生起することを説いた空による縁起です。

これにたいして
説一切有部は
諸法の実有を説くそうです(世界という影をあらわすためのフィルムのようなものが実在する)

このため、般若経や龍樹は
それらのアビダルマ(諸法の実有)は
主観の思惟による観念にすぎないのだ
と批判しています  
つまり
客観(化)とは、
虚妄なる主観によって妄執されているものであって真実なのではない

ということです
つまり
龍樹の中論18章9
において

他によって知られることなく、寂静であり、戯論によって論ぜられることなく、思惟をはなれ
、多様性をはなれているもの、それが真実の姿である
としています

ただし、龍樹の相互依存?の縁起については

わたくしは
12因縁の
取
のあとの
有 生 老死
つまり
投影世界のなかだけのことなのであり

それ以前の縁起の項目については
相互依存の縁起ではなく

ちゃんと順序があると感じます

無明 
行
識
名色
六処入など
相互依存ではないと感じます

また、説一切有部の派による
12縁起の解釈説によると

説一切有部は
12縁起の最初の二つ(無明 行)派
過去世によるものであり
最後の二つは(生と老死)が未来世のことである
と解釈しますが

わたくしは
奇跡講座(ACIM)を学んできたので
縁起の最初らへんの項目は
たんに過去世のことではなく
形而上的な
深いレベルのおはなしも関係しており
その反映としての
行 識がわたくしたちの迷いであると感じています

また、
説一切有部は
龍樹により諸法実有論だと批判されていますが
説一切有部は有為法だけではなく
ちゃんと無為法も説いているため
彼らの有為法をはたしてあくまで実有と考えていたかどうか
疑問におもいます。彼らも寂滅(無為法)を説いているからです
彼らは
映画のフィルムのようなものがあり、
現在における瞬間だけ映像としてあらわれるとして、刹那滅を説いています
世界のあらわれを説明するためにフィルム(アビダルマ)を仮に説いていただけである
可能性があるのです

以上、素人ですが、仏教の現在の読書感想でした。













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