昨晩、家族で夜の散歩に出た。
とくに目的があるわけでもなく
近くの公園まで、そぞろ歩きをした。
子供が公園を走ったり、遊具で遊んだりしていた。
その行動が、可笑しくて声を上げて笑った。
でも、もうしばらくでこの光景が見られなくなるんだな、なんて
少し寂しくも感じた。
桜は、葉桜に変わってきているが
夜の闇が、緑を打ち消し
花びらの白がチラホラと見えた。
魔法瓶の未来
あたたかさが持続することが「魔法のようだ」ということで、そう名付けられたと想像する。(正しいのかは分からない)
「魔法のようなこと」があふれている現在では、そのネーミングは違和感がある。「ビン」というコトバもそぐわないように感じる。うちではもっぱら「水筒」と呼ばれ、「魔法瓶」とは誰も呼ばない。未来、というか、今でも死語になった。
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