池澤夏樹さんの「紫式部と『源氏物語』という1回限りの講座がNHK文化センターであると友人からの情報で知り、申し込んだ。NHK文化センターは四条通にあるオフィスビルの3階。こじんまりとした教室。参加者は3~40人くらい。年配者が多い。
登壇した池澤さんは、ストライプのシャツにダークなカジュアルジャケット。
初めに、この講演について。僕が編集した河出書房の日本文学全集にも「源氏物語」が収録されている。今日、ここに来ている方たちがどれくらい源氏物語に詳しいのかわからないけれど、ひょっとすると僕よりも詳しい方もあるのかもしれない。僕は専門家ではない。読み手です。それほど関わりは深くない。もちろん、読んだことはあるし、どんな話かということは知っている。けれども日本文学を読むようになったのは、近年のことです。
東日本大震災があった。日本には自然災害が多い。地震、津波、火山の噴火、台風など。こんなに自然災害が多い国に、なぜ我慢して住んでいるのか。でも、いいこともある。まず、四季の巡りの美しさ、楽しみ。南北に長く、風景にバラエティがある。島国であること。大陸から近すぎず、遠すぎず、ちょうどいい距離にある。多くの文化が入ってきたが、攻め込んでくることは少なかった。元寇のような小さな侵略はあったが、1945年まで、他の支配を受けたことがない。こういった日本人の心のありようを表したものが日本文学。
日本文学全集を編むことになって、古典をどうするかと考えた。現代語に訳す必要があるだろう。文学はすらすら読めなくてはいけない。研究書ではない。そこで、飜訳を小説家と詩人に頼むことにした。そして、自分も一つ訳さなくてはいけないとなって、「古事記」を選んだ。古事記はやさしいんです。短いし。
でも、「源氏物語」は、長く、難しい。主語がない文章を敬語の使い方から推し量って主語を見つけなくてはならない。角田光代さんにお願いしました。彼女は本当に3,4年、小説を休んで、飜訳に専念しました。これまでにもたくさんの人が訳してきました。与謝野晶子、谷崎潤一郎、瀬戸内寂聴といった作家の訳がある。今、またブームになっていいますが、彼女の人生については知らないので、今日の話では取り上げません。そのかわり、考えてみたいのは「なぜ、これが書かれたのか?」ということです。
●なりたち
それ以前には小説というものはなかった。文学の好きな女性にいきなり神が降りてきた。そうとしかいいようがないことが起こった。そういう奇跡が11世紀の日本の宮廷で起こった。それにはいろいろな条件が揃っていた。まず、社会が安定していた。大きな戦乱もなく、穏やかな時期だった。また、紫式部は宮廷生活をよく知っていた。そして、藤原道長が支援したこと。当時、紙は高価なものでしたが、これを提供したのが道長だった。たくさんの紙があったから、長い物語が書けた。
道長は、すべて読んでいたと思います。源氏物語は社交界で読まれていた。作者は歌が詠める。歌には二重三重の意味が込められてる。古今の詩歌に通じていて唐詩選を知っている。そういった教養のある女性が、最初の小説を書いた。
それ以前にあったのは物語。たとえば、「竹取物語」は物語であって小説ではない。主人公の心理は描かれていない。天上界から落とされたお姫様に5人の求婚者が現れ、彼らに難題を出して退ける。最後には天皇が出てくる。天皇を拒むことはできず、月世界の使いが連れ去る。お姫様は何を考えていたのか。中の声は聞こえない。これが物語の限界。
心の裡を描くものとして「日記文学」はあった。「更級日記」など。
「源氏物語」は、プロットを持った複雑なストーリー=「小説」である。性格を記述された人物だけで約50名。時の流れは数十年におよぶ。
●三つの層
近代小説、王朝物語、そして競うにはもっと古い時代の神話的なものが横たわる。
古代人の心性 万葉集にみられる「霊的なもの」に依るという信仰。自然の側に属す。夢のお告げを信じる。こういった呪術的な考え方は、実は「源氏物語」にも残っている。
●社会制度と人々の思想
基本が婿入婚であることや、その結果、妻と恋人=愛人の間が曖昧であることなどはまだわかりやすい。男は女の元に通い、やがて安定した仲になって結納を交わす。
王朝時代の恋にはいろいろな規範があった。恋は夜する。夕方訪問し、明け方に帰る。後朝(きぬぎぬ)の思いを歌に託す。月のない夜には行かない。
宇治十帖の「浮舟」では、女の元から帰らない。ずっと帰らない。「匂宮何日か隠る」とあり、禁忌違反を冒している。
「見ぬ恋」
色恋の前にある社会のありよう、リアリズムを描き出す。女性は上昇のための資産、隠され、隔離されている。
評判だけ、噂だけで顔を見せない存在。会ってみると美人ではなかったという場合でも、会う。会ったからには口説かないといけない。そうしないのは義務に反する。末摘花は器量がよくなかった。それでも通った。
古事記の木花咲耶姫と磐長姫の逸話がある。天孫のホノニニギが醜い磐長姫を返したことで、以後、天皇の寿命が短くなるという呪いを受けた。
●性を世界の運行と秩序に結びつける思想
『古事記』以来、和歌でも小説でも恋愛が文芸の中心。また、生徒は生み出す力であり、作物を実らせる力に通じる。源氏が多くの女性と関係を持ったのは単なる好色や性欲ではなく、地位の高い男に課せられた定めでもあった。米を作り、豊穣を願う信仰のなかで、呪術としての性の側面が重視された。豊穣の保証として、世継ぎを持つことも必要であった。
古代人にとってプラトニック・ラブというのはあり得ない概念で、「見る」も「会う」も「知る」も実事をともなうものだった。
●光君という主人公
a系列の主題は光君の誕生からその成長、途中で出会う女たち。その成長、、途中で出会う女たち、出世としばらくの挫折(「須磨」「明石」)、そして都への帰還とさらなる栄達。最後には准太上天皇という民間人として最高の地位に登り詰めるまで。
「桐壺」は、他の話とトーンが異なる。光源氏の生い立ちを説明するが、お伽噺の体裁である。
主人公の光源氏はとびきり魅力的な人物でないといけない。普通の人間を超えた、人格としてサイズが違う別格である。天皇の御落胤という高貴な生まれはもちろん、生まれながらの美貌、財力、音楽や和歌の才能に秀でる。50何歳の時に六条院という広大な敷地の住宅を作り、紫の上、秋好中宮、花散里、明石の君を住まわせる。そして、天皇にはならない。その一歩手前まではいくが。
光君は思うままに振る舞う。例えば、朧月夜の内侍との出会いは、鼻歌を歌って歩いていた女を手近な部屋に引き込んだ。香の匂い、言葉遣いなどで察して拒まない。
●晩年の無常感
光君は、須磨、明石に下る。理由は女性。光源氏は左大臣と親しい。正妻の葵の上は左大臣家の娘。しかし、朧月夜の君は右大臣の娘で、入内を控えていた。そこで、問題になるのを怖れ、自ら須磨、明石へと下った。
●女たち
・藤壺は、父の妻だが、亡くなった光君の母、桐壺にそっくりという。藤壺は源氏を2、3回は受け入れたが、以後は拒んだ。
「桐壺」の次に雨夜の品定めで有名な「帚木」があるが、藤壺との関係を書いた失われた1巻「輝く日の宮」があったらしい。輝く日の宮とは藤壺の別名。
・葵の上 最初の正妻、夕霧の母。
・六条御息所 生まれがよくない。年上で、疎んじられて自分の嫉妬心に悩む。出産を控えた葵の上の元に現れ、生き霊となって取り殺す。僧の炊く罌粟の匂いが付いている。死んでからも出てくる。
・花散里 とくに派手なエピソードはない。静かで実務に長けた妻。安定。
・紫の上 光君と最も長く連れ添った女性。「若紫」から「御法」まで、「源氏物語」54帖のうち、宇治10帖を除く44帖の8割に登場する。
有力な家の出ではない。最初の出会いは彼女が10歳くらいの時。
「雀の子を犬君(いぬき)が逃がしつる」という姿が可愛らしかった。
彼女を強引に引き取り、育て、後に妻とする。幼いときから自分の世話をしてくれた年上の男性に嫁ぐことになったとき、「そういうことだったんだ」と思っただろう。源氏は紫の上を大事にする。紫の上には二重、三重に影がある。出家しようとする。
・朧月夜 「花宴」で光君と出会い、「賢木」では、密会の場を見つけられて窮地に立つ。朧月夜の君は、源氏の舅である左大臣の政敵、右大臣の六女。春宮のもとへ参内するはずだったのに、それも叶わなくなった。光君は政界からの追放という事態を避けるために、自ら須磨へと身を移す。
・明石の君 流謫先の明石での出会い。娘の明石の中宮が春宮の子を産み、国母となる。
・女三の宮 天皇に言われてやってくる。もてあまし、身辺においておく。若くて無知、柏木との仲。柏木 親友の息子とつながってしまう。猫がじゃれて、女三の宮の顔を見てしまう。
「雲隠」 タイトルだけで中身がない。
宇治十帖 彼のいない世界の物語。明るいところはない。薫の大将と匂宮、浮舟。運命。
あの時代の仏教というのは、縋るものではない。
「光君を代表とするこの時代の人々の生の実態を成していたものは何と何?
愛欲、出世欲、何よりも今の位置を維持したいという思い、その一方で現世からの離脱の誘惑。女三の宮が来たときの紫の上の不安を思い出そう。彼女には光君を除いて何の後ろ盾もない。藤壺の名というだけで有力な実家がない。」
こんな感じでした。最後の方はもう時間がきたので、という感じ。
会場からの質問。
「生き霊の存在は信じられていたのか」
信じられていました。生き霊なので、身体は生きたまま、霊だけが抜け出していって相手を取り殺す。
「現代語訳でのお勧めは」
もちろん、角田光代訳です。読みやすい。小説なので、一日1ページ読むのでは面白くない。一日に1帖というスピードでつぎつぎ読める文章であることが大事。
とにかく、まだ読んだことのない方は、ぜひ手に取って読んでください。この読書は一生の財産になります。
「ギリシャやフランスにも住んでいた池澤さんと日本文学の接点は」
なんといっても東日本大震災ですね。
「日本文学全集で、源氏物語以外でのお勧めは」
古事記を読んで下さい。
こんな感じでした。断片的なメモから再構成しましたが、会場で配られた要旨を見て、少し書き足しました。
会場では文庫版の角田光代訳「源氏物語」(既刊分)と池澤夏樹訳「古事記」が売られていて、多くの方がそのどちらかを買い求められていました。文庫にはサインはしない主義ということで、サイン会はありませんでした。
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