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2023年11月29日20:28

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斜線堂有紀『本の背骨が最後に残る』は作者の真骨頂

『回樹』でこの作家はネクロフェリアではないかと思ったが、本書はそれを補強する作品が並んでいる。
変態なのだ! 変態な作家は大好きだ!(かなり作者に失礼だな)

11/29:『本の背骨が最後に残る』
作者の猟奇嗜好が覿面に現われている一編。どの作品を読んでもか。
「人を焼くことも至上の愉悦であった。」← 冒頭に抛り投げられる。期待してしまう。
残虐な描写が痛々しい。でも、それを喜んで読む読者がここにいる。

ブラッドベリの『華氏四五一度』を思わせる世界かと思いきや、焚書の理由が違う。本は人そのものだと云う国だ。
版重ねの意味が全く違う世界が恐ろしい。読者は何を物語りに求めればいいのだろうか。

「そして、籠の下では火が焚かれる。」← これは焙烙刑を思わせる。寧ろ永井豪『あばしり一家』にあった、菊之助の学校の運動会の種目か?
物語りの内容を歪める為にやっているとしか思えない。

「これが人間であればいかほどの愉悦かと、想像―」← ここに行き着くんだな、この作者は。
それでも、某か文学に対する愛情を感じてしまう作家ではあるな。文学を愛すればこその変態SFなのだ。

11/29:『死して屍知る者無し』
題名とはちぐはぐなファンタジーに思える書き出しだが、死と死体の想念は纏わりつく。作者は人にとって避けられない宿痾である「死」を描こうと足掻いているのだな。
「死」を描くことで生きる事を見つめる目がある。

この舞台はマイクル・レズニックの『キリンガヤ』の世界を読者に想起させるが、希望の無さが読者を裏切る。
「永劫の無が待っている。」← 結びのこの一言でなんとも虚無を醸している。読者を突き落とすことに注力している。

11/29:『ドッペルイェーガー』
直球のSFだ。所謂「意識を電子データ化する」アイデアで、しかもその用途が秘めた残虐嗜好を満たす為だ。
空想ではないけど現実でない。自傷であるのか?
この作家は救いのない話を書かせたら名人と云わざるを得ない。好きだけど。

優しさと残虐さが裏腹なものであるのか?
正しくないと云いながら、道を逸れる事が出来ない慶樹は可哀想なのか、幸せなのか。誰もが抱える二面性を抉って見せ付ける、不快な小説だ。好きだけど。

虐待しているのはデータであり、自分の複製だと嘯く。AIに人権があるのか、と云う問題にも触れる、今の時代沿った面があるが、歪んでる。
データのケイジュは暗闇沈むが、慶樹が望んだ事なのだろうか?


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