■大学受験…1日どれくらい勉強してた? 3割弱の人は「5時間以上」と回答
(まいどなニュース - 06月05日 08:00)
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「人はなぜ死ぬの(生きてるの)?」
「なんで勉強しないといけないの?」
学生時代の家庭教師や塾講師のバイト中でもこの質問はしょっちゅうされてきた。
早晩、我が子からも出る質問だろう。
歴史的に繰り返されてきたこの質問はそれだけ重要な質問ということだ。
まず人の死ぬ理由は「わからない。だがほぼ確実に誰もが死ぬ。時間制限があるから時間の無駄遣いはいけない。有意義に効率的に時間を用いるべきだ」とは言えそうだ。
また、生きる目的は少なくとも私に関して言えば「幸福感をなるべく多く享受する+不幸感をなるべく少なくする為」であり、犯罪者も宗教家も、賢者も愚者も含め、世のほぼすべての人々もそうだろう。一見違って見えることがあるとしたら、それは「幸福感を感じる対象」「幸福感の度合いの違い」にとるものであり、方向性としては概ね間違えていないだろう。
今を時めく愚かな戦争を開始したプーチン大統領も方法を自身の幸せを求めて行った判断と行動なわけだ。彼は方法を見誤ったのであり、自分以外の周囲の人々の命を大いに軽視し、その反発をなめきっていたのだろう(要は「クリミアでうまくいったから、もう一度同じ展開になる」とでも思ってたんだろう)。
ウクライナで徹底抗戦する人々も「自分たちの幸福を守るため」に戦っているし、それを支援する欧米諸国も「結果的に支援したほうが自分の幸せが確保される」から支援を行う。インドなどの第三極で傍観する国々も「そのほうが自分たちの幸福が増す、不幸が減少する」という判断でそれぞれの行動をとっている。
で、学問も「幸福感を増し、不幸を減少するための手段」の有力な一つである。
学問の本質は「グルーピング」「パターン化」という「情報の整理」である。情報の整理が出来てなければ知識としての有効活用ができにくい。単案る箇条書きの知識ではせいぜい「クイズ王」になって終わりである。それらの知識を有機的に組み合わせて何を編み出せるかというのは、つきつめていくと呪文による構築式に見える。(将棋の戦法も非常に類似した性質を持っている。断片知識しかない私と有機的に組み立てられる長兄とで絶大な差が生じるわけだ)
その法則性を見抜くことで「ある種の未来予測」ができるのが理想だ。
私の3領域の考え方「自分」「他人(相手)」「環境」でいうと。
「相手」については心理や駆け引き、ゲーム理論や人間関係論、「憲法法律ルール」に依拠するところがある。有効事例の代表事例は「良好な人間関係による援助が得られること」だ。
「環境」については「自然現象」「物理法則」「確率統計」に依拠する。有効活用の代表事例は「投資による儲けの獲得(展開予測、未来予知能力)」だ。
自分の領域で「上記の知識を得る=学問を行う」ことで「自分以外の領域」について強くなれるというのが面白いところだ。自分の影響できる範囲をじんわりと拡大、拡張できるわけだ。
要は「生きる目的=自身の幸せ(結果的に周囲の幸せにも配慮するべし。見込みが甘く、できなければプーチンと同じになる)」「学問する理由=幸せになる最上級の手段(良好な人間関係)と未来予知能力があればかなり幸福になれるし、不幸は避けられるんじゃね?」というところか。
まあ一口に「学問」と言っても範囲はほぼ無限なので、いつどの学問を学ぶべきか?というのも重要になってきそうだ。
現在、ゲーム仲間に「子供の知識に結び付きやすいゲームや漫画」をネタ出ししてもらっている桃太郎電鉄を遊んでれば日本の地理には詳しくなれるだろうし、三国志で漢文、「あさきゆめみし」「ちはやぶる」で古文というように、子供が自然と知識を身に着けられるもののネタを収集中である。
もっというとなんでも「艦コレ」や「馬娘」みたいにしてしまえば、男の子に関してはその分野の知識をほぼ苦痛なく獲得できるんじゃなかろうかね(私は両方ともやったことはないが)。日本の教科書をそういう方向に魔改造してはダメなんだろうか?
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