土曜は、午後映画2本。
1本目はブルク13で、
「ケイコ 目を澄ませて」。
これは、聴覚障害の女子プロボクサー、小笠原恵子の自伝「負けないで!」を元に、「きみの鳥はうたえる」の三宅唱監督が16mmフィルムに焼き付けた映画。
主演は、「愛がなんだ」の岸井ゆきの。
嘘がつけず愛想笑いが苦手なケイコは、生まれつき耳が聞こえない。
ケイコは、ホテルの客室清掃係として働きながら、下町にある小さなボクシングジムで日々鍛錬を重ね、ゴングの音もセコンドの指示もレフリーの声も聞こえないリスクを承知でプロのリングに立つ。戦績は2戦2勝1KO。
だが、3戦目を前に、ジムが閉鎖されると知って、ケイコの心は揺れていく……
ボクシング映画に駄作なし、この映画も大変評判がいいようだ。実際、いい映画だと思う。デジタルとは違う、常に夕陽の下で撮影しているかのような、どことなく霞んだ映像、主人公が聾者、と言う事で敢えて騒々しいまでに入れた街の喧騒――ケイコが生きる世界を実感させるのは、決してデジタル映像の高精細画像ではないのだ。
物語は、ボクシングが決して中心ではなく、ケイコが抱える聾者の孤独と、それを変えて行く周囲の人たちとの触れあいが丁寧に描かれる。ケイコには聞こえない声だけで挨拶していた弟の彼女が、手話を覚えた事で距離が詰まる感じとか、三浦友和演じるジムの会長とふたりでシャドーボクシングをするシーンには思わず涙が出そうになった。
また、実際にプロのトレーナーでもある、担当トレーナーとのミット打ちのシーン、これがまるで音楽のようにリズミカルなものになっているのも印象的だった。
ただ、いいシーンは散見されるものの、自分的には、ちょっとツボを外された感じで大きく心揺さぶられるシーンがなく、ちょっともどかしい思いにさせられてしまった……
あと、惜しいのは、引く手数多の岸井ゆきのだけに、準備期間が不足していたのだろう、ボクシングシーンにスピードとキレがなく、手話も拙く、本物の聾者女性とのシーンで、手話を交わせずに、ニコニコしながらやり取りを眺めているだけになってしまっているのが気になってしまった。
2本目は、シネマジャック&ベティで、
「バビ・ヤール」。
これは、第二次世界大戦中、ウクライナの首都キエフの郊外で起きたバビ・ヤール大虐殺を全編アーカイブ映像で描いたドキュメンタリー。
監督・脚本は、「ドンバス」のセルゲイ・ロズニツァ。第74回カンヌ国際映画祭では審査員特別賞を受賞している。
1941年6月、ドイツ軍は独ソ不可侵条約を破棄してソ連に侵攻――バルバロッサ作戦の始まりだ。
ドイツ軍は、ソ連軍を各地で打ち破って支配地域を拡大し、9月19日にキエフを占領。しかし、9月24日、キエフ市街中心部で大規模な爆発が起き、ドイツ軍だけでなく、多くの市民が巻き込まれた。これは撤退するソ連軍が仕掛けたものだったが、ドイツ軍はユダヤ人を疑い、翌日にはキエフのユダヤ人の殲滅を決定、全ユダヤ人に出頭を命じた。
9月29日から30日にかけて、ウクライナ補助警察の支援を受けたナチス親衛隊の処刑部隊は、キエフ北西部のバビ・ヤール渓谷で、33771名のユダヤ人を射殺した――
映画は、バビ・ヤール虐殺の記録施設のアーカイブとして製作されたものだが、描かれる内容は、バビ・ヤール虐殺だけでなく、独ソ開戦から、ウクライナ解放、そして戦後の軍事裁判まで描く包括的なもの。
映像は全て、当時の映像を修復したものであり、資料性は極めて高いが、最小限の説明字幕しか入らないので、その背景や状況を理解するには一定以上の予備知識が必要になるだろう。だが、それ故に、映画は、当時の記録映像、そのものに語らせる、と言うものになり、製作者の意図は抑えられ、解釈は観客に委ねられる……これは正に、あらためて歴史の傍観者になる、と言う体験でもあるのだ。
バビ・ヤールの虐殺については、映像が残っていないが、終盤の法廷におけるひとりの女性の証言が、その状況を生々しく描写する……ここで再現映像や、解説をつけないのは卓見だと言えるだろう。
これは正に、後生に残すべき、歴史の記録でもあるのだ。
だが、痛ましい現実としては、戦後、ウクライナ政府は、バビ・ヤール渓谷をレンガ工場の廃材と排水処理場にして埋め立ててしまった事が上げられる。
それもまた戦後処理だったのかも知れないが、これには考えさせられた。
そして、これを観て気づかされるのは、独ソ戦とは、事実上ウクライナで戦われた、と言うこと。
そのウクライナが今また戦場となり、かつて「侵略者ヒトラーは、最初の一発を撃った事で、自身が愚か者だと言う事を証明した」と語ったロシアが、ウクライナに対し、侵略の「最初の一発を撃った」と言う事実には暗澹たる思いにさせられる。
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