私は10歳までサンタクロースの存在を信じていたが、ひょんなことでその存在が仮想のモノだと知らされてしまった。
母からである。
前年のクリスマスプレゼントはデラックス野球盤であった。消える魔球が使えるバージョンであり、消える魔球の仕掛けを使って「跳ねる魔球」も開発したが、跳ねる魔球はタイミングを誤るとホームランを打たれやすくなる欠点はもとより、プレイヤーの顔面に直撃する等多々問題はあったが。
ところが10歳の誕生日ではなぜか「犬棒カルタ」であった(笑)。
私はこれが悲しかった。母の足元にまとわりつきながら文句を言ったのである。
ハナー「(数回目)ねぇー、おかあさん。なんでサンタさん、去年は野球盤くれたのに、今年は犬棒かるただったのかなぁ。ねぇー」
母「やらしい子だね。今年はお父さんのボーナスが振るわなかったからよ!」
ハナー「!」(なぜサンタさんのプレゼントにお父さんのボーナスが関係するのかな?)
母「サンタさんはお父さんとお母さんなのを知って言ってるんでしょ?」
ハナー「ええっ!そうだったの!」
母「え、あんた知らずに言ってたの!?」
という悲劇である(笑)。
この話をすると「結構純粋だったのね」とも言われるが、実はそうでもない。友人たちがどれだけ「サンタなんていないよ」と言っても「サンタは居る!」と言い張ってたのにはちゃんと打算的理由があったのだ。
いわゆる「パスカルの賭け」と全く同じ理屈を10歳当時の私は私なりに考えていたのだ。
つまりだ。
サンタが存在するという方に賭けたとしよう。勝てばサンタのプレゼントを得る。賭けに負けたとしても、失うのものは何もない。
反対に、サンタは存在しないという方に賭けたとしよう。その場合、たとえ賭けに勝っても、逆に負けても何も得ることはできない。
ということである。うん、あまり純粋純情ではなさそうだ(笑)。
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