■大谷翔平、強打者として新たな称号 3戦11四球で球団&ア・リーグ新記録樹立
(ベースボールキング - 09月25日 14:30)
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私が少数でありながら正論だと思うので多数派に対して訴えるべく何度となく書いているが(笑)。
権限にないことであなたは責められたいだろうか?大半は「そんなことを俺たちに言われても」by下弦の陸 窯鵺(かまぬえ)となるのではなかろうか。
私が言いたいのは「マナーだとかスポーツマンシップというのは『ルールではないのに自主的に守るから素敵』なのであり、ルールで強制して守らせるものではない」ということだ。
「ルールの不備」について、より責められるべきは選手ではなくて「ルール制定者」ではなかろうか? ということだ。
「強打者への連続敬遠」「カット打法」にしてもルール上の制約が不適当という印象がある。
むろんそういった言動は気分の良いものではないし、ほめられたものではないし正々堂々とは程遠いことは認める。私も好き嫌いという意味では「嫌い」なことは認める。
ただ、一方で。それでも選手はルール内で最善を尽くすものだ。場合によっては「ルールの穴を突くこと」も含まれる。選手にルールを作る権限はない。権限がないことで責任を責めるのはフェアではない。
懐かしのホリエモンなどを含め「ルール(法律)の不備を突く気持ち悪さ」については彼らが嫌われる要因にはなる。どうしてもスポーツマンシップを守らせたいのならルールとして整備して厳密に罰則などまで適用すればいい。だが現時点のルールはそうなってはいない。だったら、ルール制定の権限がないにもかかわらず、好き嫌いを超えて選手や監督を責めるのは違うだろう。ルールの不備の責任を選手に負わせるのは違うと思う。必要以上に責めるものではあるまい。
仮に敬遠せずに大谷選手にホームランを打たれたとして、撃たれた投手や勝負を指示した監督の年棒が下がる分を保証する気があるならば文句を言うのもよいだろうが(笑)。
今回の敬遠や、甲子園で行われたカット打法などは特にルール変更せずとも良い気がする。(現時点の見解なので即座に変わる可能性もあります)
あらためて「ルールの不備」について責められるべきは「選手」ではなく「ルール制定者」ではなかろうか?
・スポーツマンシップは自主的に守るから意味がある
・どうしても守らせたいならルール化して厳密に罰則を含め適用すればいい
・ルールの不備について責められるべきはルール制定者なので競技者を責めても筋違い
・権限なくして責任なし、責めるべきはルール制定者、変えるべきはルールであって競技者ではない
・「善悪」と「好き嫌い」を同列に語ろうとするから問題がややこしくなっている
「性格がサムライとは程遠く、手段を択ばないニンジャな私」とて。たとえば体重超過していたネリ選手のやり口は「大嫌い」だ。だが、ルール上問題ないとされる点の責任を選手にかぶせるべきではない。感情的になってそこを混同するから問題が解決しなくなる。
改めて「マナーだとかスポーツマンシップというのは『ルールではないのに自主的に守るから素敵』なのであり、ルールで強制して守らせるものではない」と主張する。
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