モロッコの港町カサブランカ、メディナ。迷路のような街並みを臨月の若い女性が職を求めて歩いている。彼女は美容師だったが、住み込み可の職は見つからない。疲れ果てて、あるパン屋の向かいの路地に座ったまま夜を迎える。
パン屋の主のアブラは、見るに見かねて、彼女を家に引き入れ、ソファで眠らせる。
アブラは娘のワルダと二人暮らし。いつも厳しい表情でパン屋を切り盛りしていた。
小学生のワルダは、見知らぬ女性、サミアに興味津々。
アブラは、店の手伝いは雇わない、3日の間に自分で行先を見つけるか、子どもの父親を見つけて出て行けと言い渡す。しかし、サミアは夜中にこっそりと糸状に伸ばしたドウを焼いたルジザというパンを作っていた。とても手がかかるため、アブラも今では手作りすることはないものだった。めったに食べられないルジザに喜んだワルダ。サミアが、「たくさん作ったから、売りものにして」と店に並べると、珍しがった客に飛ぶように売れた。田舎育ちのサミアは、料理も上手だった。
そんな機転の利くサミアに、アブラも折れ、しばらくはここにいていいと言う。
サミアは故郷の田舎の村に住む家族に電話をする。妊娠のことは告げず、美容師の仕事は順調で、そのうち、田舎に帰ると伝える。未婚の妊娠はタブーであり、未婚の母から生まれた子どもは差別される。子どもにそんな体験をさせないために、出生と同時に施設に預け、子どもの欲しい裕福な夫婦に養子にしてもらうつもりだった。子どもに対して何の感情も持たないようにしようと務めていた。
アブラは、船の事故で夫を亡くして以来、自分の感情を押し殺して生きてきた。夫が好きだった音楽を封印し、笑顔も見せなくなった。
その後、再び、サミアに出て行けと命じたアブラだったが、やはり心配になって、乗り合いタクシーに乗り込もうとしていたサミアを連れ戻す。イスラム教の祭の日、パン屋のある路地も華やかに着飾った人々で賑わっていた。そんな中でサミアが産気く・・・。
未婚で出産することへの制裁が強いイスラム社会。
そんな中で、夫を失って一家の大黒柱として働くシングルマザーが、手を差し伸べる。
慈愛に満ちた温かい笑顔で迎え入れるというのではない、厳しい表情は崩さず、「いつまで待たせるつもり、早く家に入って」と命令口調。自分に対しても、微笑むことは忘れて生きてきた感じなのだ。
映画の最後に、母へという献辞が出る。
映画を作ったマリヤム・トゥザニ監督が大学を卒業した頃、家族で未婚の妊婦の世話をした体験が元になっているそうだ。
監督の家で世話をした女性は、その後、どうなったのだろう。
原題は「Adam」。サミアが新生児につけた名前だ。映画の中では子どもの性別への言及はないが、アダムということは男の子だったのだろう。何を思って、アダムとつけたのだろう。
アブラを演じたルブナ・アザバルは、どこかで見たことのある顔だなあと思ったら、映画『テルアビブ・オン・ファイア』にテレビドラマの主演女優の役で出ていたらしい。それ以外にも多くの映画に出演したキャリアのある人のようだ。スペインとモロッコの血を引くということで、きりりとした印象深い顔立ちだ。
この映画では、狭い路地の続くカサブランカの町並みや、アラベスク模様のタイルの貼られたインテリア、アブラとサミアが作り出すさまざまなアラブパンがとても魅力的。
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