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2021年08月23日16:58

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小説『ザリガニの鳴くところ』

ディーリア・オーエンズ『ザリガニが鳴くところ』を読んだ。500ページを越える長編小説を読むのは久しぶり。
 2019年にアメリカで発刊されるや、500万部以上の大ベストセラーとなり、2020年には日本でも飜訳され、本屋大賞飜訳部門で1位、ミステリー関連のいくつかのランキングにも登場し、新聞の書評にも取り上げられた。著者は生物学者で、野生生物に関するノンフィクションの書き手ではあったが、これは69歳で初めて書いた小説だという。生物に関する記述が含まれ、ミステリーだけどただのミステリーではないというような書評に興味を持った。

 舞台はアメリカの南東部、ノースカロライナ州の海岸部で「湿地」と呼ばれるところ。この湿地というのは、湿原林というような意味にとるべきかも知れない。そしてその中でも低地で満潮時には浸水して泥がたまっているようなところが「沼地」と呼ばれている。表題の「ザリガニが鳴くところ」とは、自然の生物が自然のままに生きているような「手つかずの自然」を意味する表現だという。

 ストーリーは、1950年代に始まる主人公のカイアの成長物語と1969年に起きたある事件との2つの時制を行ったり来たりして進む。
 1969年、沼地の火の見櫓の下で、村の青年、チェイス・アンドリュースの死体が見つかる。こちらの物語は、その捜査の過程を追って断章のように少しずつ進む。
 一方、それだけで長編小説になり得るカイアの物語は、彼女が6歳だった1952年に始まる。カイアの家族は湿地の中の小屋に暮らしていた。ある日、母が、続いて3人の兄姉たちがあいついで家を出ていき、カイアは飲んだくれの父と二人暮らしになる。父は傷痍軍人で、軍の年金は酒と賭け事に消え、飲めば暴力を振るうような人物だった。以来、一人ですべての家事を引き受けてきたカイアは、父の機嫌をとりつつ、ボートの操縦法や釣りについて教わる。やがてその父も姿を消す。学校にも一度だけ連れて行かれたが、他の生徒たちのいじめに遭い、二度と足を運ばなかった。カイアは干潟で貝を採り、ボート用のガソリンを売る店の黒人店主、ジャンピンに買い取ってもらって生活費を作り、一人で暮らし続ける。
 カイアの最大の友は湿地の中の生きものたちだった。湿地は水鳥たちの楽園で多くの鳥が訪れる。海辺にはまたいろいろな生物がおり、カイアは鳥の羽や貝殻を集める傍ら、そういった生きものたちの生態を注意深く観察していた。地域社会から完全に孤立して暮らすカイアは、貧乏白人(トラッシュ)として差別の対象だった。彼女の味方はジャンピンとその妻のメイベルだけだった。
 すぐ上の兄の友人だったテイトは、カイアと同様に生きものに興味を持っていた。彼はカイアと友だちになり、学校に行っていないカイアに文字を教える。やがて思春期になったカイアはテイトと恋仲になるが、大学進学のためにテイトは村を去り、カイアはまた独りぼっちになる。だが、テイトに手ほどきを受けたことをきっかけに生物学も独学で学ぶようになり、詩と絵画のたしなみのあった母の影響で自分でも絵筆を取り、湿地の生物の生態を描いた絵と文章を溜めていた。また、その絵は出版社の目に留まって本として出版され、その印税で暮らせるようになる。カイアは人恋しさから、村の青年、チェイスの誘いに応じ、二人は付き合い始める。しかし、チェイスは別の金持ちの娘と結婚し、さらに結婚後もカイアに迫ろうとするのだった。チェイスとカイアが付き合っていたことは、村の人々もそれとなく知っていた。チェイスは既婚だろうが未婚だろうが、誰にでも手を出す男だったのだ。そして、チェイスの死体が見つかったとき、真っ先に疑われたのもトラッシュの「湿地の少女」カイアだった。

 そこから先はミステリーなので控えますが、なんといっても、ミステリーとしての犯人捜し以上に、この湿地の小屋に、7歳でたった一人で生きることを強いられたカイアの孤独に耐えて生き抜く意思の強さに打たれる。また、黒人であるジャンピンやメイベルに対するひどい差別、白人であっても貧しい暮らしをするトラッシュへの差別や虐待にもつらくなる。  
 これほどの逆境にあってもカイアには生涯の友とする自然があった。自分が焼いたコーンブレッドの一部を投げてやると集まってくるカモメの群れ。食物として、生活の糧として毎日、掘り続ける貝。また、文字が読めるようになると母の残した詩集を読み、詩の言葉に心を慰められていた。
 ここには、アメリカの小説にありがちな「信仰」はない。神の代わりに彼女が信じているのは自然の摂理であり、さまざまな人間の行動すら、生態学を学んで知った動物の行動の中にその原理を読みとろうとする。それはきっと、生物学者であるディーリア・オーエンスの原理でもあったのかもしれない。また、カイアは詩も好んだ。人間社会から見捨てられた一人の女性が、ほんの少数の理解者の助けがあったおかげで詩と絵画と自然科学を融合させた作品を作る作家として成長していく。それはある意味、救いのような物語だ。

 訳者のあとがきによると、この小説の舞台のモデルはノースカロライナ州のディズマル湿地といわれる場所だという。湿地の面積は開発でだいぶ縮小しているが、野生生物保護区となっているという。また、カイアの生まれたときの両親は落ちぶれて湿地の中の小屋に住んでいるが、父親はもともとは南部の裕福な綿花農家だった。大恐慌で大損害を受けて一気に落ちぶれたのだ。さらに第二次大戦での負傷は彼の心も深く蝕んだ。母親はアトランタの裕福な商家に生まれ、その経済力を背景に詩や絵画や音楽に親しんできた。貧しい中にも生活に楽しみを見出そうとしていた母だったが、夫の暴力に耐えかねて子どもたちを捨てて出て行ってしまったのだ。

 カイアの育った50年代から60年代は、まさに公民権運動の時代。だがその時代に、人種差別とはまた別の階層差別があり、どちらも裕福な家に生まれた両親がひと世代で貧困層になった経緯も描かれる。現在でこそ、生物の宝庫として保護される湿地だが、住む場所としてはどうなのか。作家の高野秀行さんは「実際の湿地は蚊やブユが多くて住みやすい場所ではない」と書いていた。

 表紙カバーを飾るしらこさんの絵も美しい。この表紙の画像のためにアマゾンを開いたところ、この小説はAudibleでも出されていることがわかった。なんと、朗読を担当しているのは池澤春菜さんだ。
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