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2021年08月10日17:40

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村上春樹短編集『女のいない男たち』

 村上春樹の短編集。この中に、濱口竜介監督の映画の原作となった「ドライブ・マイ・カー」が収められていると知って、映画公開の前に読んでみた。

 「女のいない男」を主題とする六編の短編が集められている。前書きによると、ヘミングウェイの短編集『女のいない男たち』(Men Without Women)は、「女抜きの男たち」とでも訳した方がよさそうなのに対して、この短編集は、もっと即物的に「女に去られてしまった」あるいは「去られようとしている」男たちなのだという。以下、収録順ではなく、読んだ順に。

「ドライブ・マイ・カー」
 家福は最近妻を亡くした俳優。妻の死後、専属運転手として渡利みさきを雇う。みさきはまだ若いが運転の腕は確か。美人ではないと描写される。亡くなった妻は美貌の女優で何人もの男と関係を持っていた。みさきに「友だちはいないのか」と問われ、家福は友だちのようによく会っていた高槻という男の話をする。高槻は妻と関係があった年下の男だ。最初は高槻に対して「懲らしめてやりたい」というような気持ちがあったが、やがてそんな気持ちも消えてしまう・・・。
 文庫本の帯には、赤い車の前に立つ西島秀俊のスティル写真があり、読みながら家福は西島秀俊、みさきは三浦透子、高槻は岡田将生、亡くなった妻は桐島れいか、と映画の配役で再現されてしまう。が、作中、主人公の車の色は赤ではなく黄色だったので面食らった。
 
「イエスタデイ」
 死と喪失の色が濃い「ドライブ・マイ・カー」とは対照的に、どことなく軽やかなのは、語り手の谷村が20代の大学生と若く、その友人の木樽が東京出身なのに関西弁を話すという設定のおかげか。谷村は高校時代につきあっていた彼女とは別れた。二浪中の木樽には幼なじみのガールフレンドがいるが、彼女とともに順調な人生を送る、という未来には飽き足らない。木樽との飄々としたやりとりがなんともおかしい。ある意味これも喪失の物語ではあるのだけれど、後日談も含めて明るい印象だ。

「シェエラザード」
 タイトルも設定も寓話的。主人公の羽原は、何らかの理由で「ハウス」に幽閉されており、外出することができず、生活必需品はある女性が配達に来る。その女性はその職務のたびに羽原と性交し、そして必ず物語を語るのだ。そこで羽原は密かに彼女を「シェエラザード」と呼ぶことにする。30代で美人ではない彼女は、「前世はやつめうなぎだった」という。彼女は、高校生の頃、好きな男子生徒の家にこっそり忍び込んだ話をするのだが、この非現実的な設定の中で語られる話は、そこだけ妙に生々しくもある。その男子生徒のことが好きで好きで、学校にいても他のことが何も考えられなくなる・・・というところに、映画「シンプルな情熱」を思い出してしまった。
「やつめうなぎ」という言葉が出て来たときに、前に「めくらうなぎ」というのも出てこなかったっけ?いや、あれは「めくらやなぎ」だったな、なんてことを思い出したりもした。

「木野」
 語り手の木野は、妻の不貞の現場を見てしまい、家を出て、仕事も辞め、伯母の所有する建物で「木野」というバーを始める。そこにはネコが住みつき、一風変わった常連客、神田(カミタ)が現れるようになる。また、訳ありに見える女性客と関係を持ってしまうが、やがて彼女は現れなくなり、ネコも姿を消し、代わりに蛇が出てくるようになる。そして、神田の忠告で木野は旅に出るのだが。妻と別れ、別の女も去り、ネコ(雌だった)にも去られ、せっかく落ち着いたバーもどうやら安住の地ではなくなり、と何もかも失いっぱなしの木野。だけど、何となく仄かに明るさはある。

「独立器官」
 度会(とかい)は腕利きの美容整形外科医で52歳の独身。地位もお金もあり、見た目も趣味も悪くないが、これまで一度も結婚したいと思ったことはない。そのかわり、決して結婚を迫られることがないような相手、つまり、他に本命の恋人がいたり、既婚だったりする女性たちと、気ままで優雅な交際を楽しんできた。が、あるとき、一人の女性に本気で恋をしてしまう。度会の友人だった作家の谷村は、ある日、度会の秘書から度会の死を伝えられる。死の真相はいかにも哀切に語られるが、読者としては「いい気味」とか「報いだな」と思ってしまうお話。ほんと、まったくかわいそうという気持ちが湧かない。

「女のいない男たち」
 この短編集を一冊にまとめるにあたり書かれた「〆」のような作品。フィクションとして書かれたエッセイのような感じ。昔つきあっていた彼女の好きだった音楽をエレベーター音楽と呼び、ヘンリー・マンシーニなどいわゆる「ムード音楽」で有名な作曲家の名前が列挙されると、音楽と共にアメリカ映画のような情景が浮かぶ。一方、「かつてつきあった女性の死を、その女性の夫から知らされる」というところから、韓国映画「ペパーミント・キャンディ」で、主人公のヨンホが、初恋の女性スニが瀕死の床にあることを、彼女の夫から知らされるというところを思い出したりもした。

 私は村上春樹の熱心な読者ではなく、その小説を読むのも、数年前に「バーニング」の映画化で話題になった「納屋を焼く」以来。あの短い「納屋を焼く」から、複雑な心理描写を含む「バーニング」を生み出した脚本家の力には驚かされた。
 濱口監督の「ドライブ・マイ・カー」もカンヌで脚本賞を受賞しているので、きっと、私には想像もつかないような展開が用意されているに違いない。
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