■手術せず「俺」になりたい 男性への性別変更申し立てへ
(朝日新聞デジタル - 08月07日 07:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6620990
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まず「自由」その人の意思は基本的の尊重されるべきということ。ただし、行き過ぎて他人の自由を侵害してはならない。ゆえに「平等」という発想が来る。かといって単なる平等では救われない弱者がいるのでそこをフォローする努力目標としての「博愛」が来る。
自由とは「自分の領域」であり、「平等」は「他人の領域」にかかわる。それも超えてくると「環境の領域」として「博愛」がくる。「博愛」は社会的が成熟しているという条件をクリアした上での「努力目標」というレベルだ。
「社会的マイノリティ」を考えるとき、彼らが社会的に救済されるのは「博愛」においてだと思っている。今回の案件のように「一見個人の主張」でありながら社会制度に影響する「法律」に影響を与えようとしている場合は特にそうだ。
キレイゴトをどれだけ言ったところで、たとえば文明と言えるものがないような原始時代に上記のマイノリティを救済するには社会的リソースという「余裕」がなさすぎた。あくまでも現在の文明レベルとなり、周囲の理解が得られる範囲で弱者救済が行われているわけだ。
だから少数者や弱者から「自分たちは弱者だから救済されて当然だ!」という態度が出てくると「それは違う」と思う。まずは多数者が救済されてなければ「少数弱者による多数強者に対する搾取」という奇妙なことになりかねない。
たとえばLGBTや障碍者の方に関して言えば、まずは多数者である「男性用トイレ」と「女性用トイレ」が十分確保されたうえで、「余裕があれば」ユニバーサルトイレが設置されるという順序であるべきだ。ユニバーサルトイレの面積が大きすぎて男性用や女性用トイレの数が明らかに不足している!となれば本末転倒ということだ。外見風貌的には完全に男性(女性)となっていて、外見風貌に合致する性別側の更衣室に入るのであれば問題は少ない。だが、逆に外見風貌ではなく、性自認という「他者には一見判断できない要素」をもとに外見風貌とは異なる性別の更衣室に入ればそれは「性犯罪者」だ。その方の性自認や性的嗜好は他者には一目でわかるものではないのだから。他者にとってみればたまったものではない。私はアラフィフのおっさんだが「性自認は女性だ」と自称し、女性更衣室に入ったのならば、私自身、性犯罪者として扱われるべきだと思う(笑)。
私にはマイノリティを不当に扱う意図はない。「可能な限り平等であり、救済されるべき」だとは思っている。ただ単に「社会的な優先順位」があると思っているということだ。
と私見を長らく述べたうえで当該記事にツッコミを入れていく
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>「オペなしで、戸籍上も『俺』になりたい」
浜松市の竹かばん職人、鈴木げんさん(46)が7月、浜松市内で記者会見を開き、こう訴えた。鈴木さんはトランスジェンダー当事者。性同一性障害特例法では戸籍の性別変更にあたり、「生殖腺がないこと」などが要件となっている。鈴木さんはこの要件を不要と考え、今秋にも静岡家裁浜松支部に手術を受けずに性別変更を申し立てる。
鈴木さんは女性の体を持って生まれた。「子どもの頃から女性として扱われることに違和感があった」。トランスジェンダーの仲間と出会い、40歳で性同一性障害の診断を受け、治療を始めた。男性ホルモンの注射を受け、乳腺を摘出。外見も社会生活上も「男性」になった。
でも戸籍上は「女性」のまま。このままでは女性パートナーと婚姻届が出せない。投票所など、公的な場で女性として見られることも苦痛だ。「自分のものではない『女』という記号におびえたくない」。身体的、経済的に負担が大きな生殖腺の手術は望まなかった。「内臓に卵巣があっても、俺は俺だ」
⇒内臓に卵巣があっても俺は俺だ、ならば戸籍上は女性でも俺は俺だと言ってほしかった。そういっていれば「個人の自由」の範囲で済む。だが、生殖腺という法律要件を変更するとなると、それは「環境の博愛」の範囲である。特に重要なのは「性器」であろう。
本人の性自認は本人の物であり、ある種故人の自由勝手でよいが、第三者にかかわる場合は外見風貌の要素を重視せざるを得ない。
> 会見には鈴木さんを支援する弁護士らも同席した。同様の申し立てをめぐり、2019年1月、最高裁は性別変更を却下した岡山家裁の判断を「合憲」としたが、同席した水谷陽子弁護士は「ここ数年で、社会状況が大きく変わりつつある」。手術要件について、「自己の性自認を尊重される」「意思に反する身体への侵襲を受けない自由」「家族形成に関する自己決定」などの人権を損ない、法の下の平等に反すると主張する。
⇒「意思に反する身体への侵襲を受けない自由」というのが本人にのみ発揮されるのが気に入らない。本人は性自認の侵襲を受けたくない!と言いつつ、自身が生殖腺手術せずに「男性更衣室」「男性便所」「男湯」に入ることで、他の男性に対して侵襲を行う事には無頓着というのは「いささかわがまま」ではないか。
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