日本と清、ほぼ同時期に西洋化に舵を切ったのに「なぜ日本だけが台頭したのか」=中国
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記事が挙げた理由の検証、そして記事に上がってない私なりの理由をば。
>1つ目の要因は「権力が集中しておらず均衡していたこと」だ。記事は、江戸時代の日本では、天皇が最高位にあったが実権はなく、幕府と各藩がそれぞれに力を持っていたと紹介した。これが、後の「討幕運動」の基礎となっており、天皇を擁した側が勝利者となったため、改革がスムーズに行われたと分析している。
⇒個人的には??? むしろ、権力が集中しているワンマン組織のほうが、トップさえその気になれば徹底的な改革に舵を切りやすい。ただ、清の皇帝が行った洋務運動は当時の政治体制の改革(というか解体)までは踏み込めず、あくまでも「小手先の改革」に過ぎなかった。一方で日本は攘夷派と開国派、佐幕派と討幕の4つ巴になった結果として政治体制の改革まで同時に行えたのが大きかったように思う。
>2つ目は「教育」だ。日本では江戸時代に「寺子屋」があり、すでにかなりの識字率に達していたと紹介した。記事によると、当時の中国の識字率が約4%だったころに日本は約40%だったという。明治維新後は学校教育が普及し、あっという間に90%以上の識字率になったと驚きをもって伝えている。この教育の基礎があったので、優秀な人材や労働者を輩出できたと説明した。
⇒日本の平民の識字率の高さは事実だが。当時の中国は西洋と近い「貴族エリート教育」をしていたので、むしろ中国のほうが西洋との親和性は高かったようにも思う。
さらに時代はさかのぼるが西洋の侵略の先兵であるイエスズ会が日本は平民の識字率が高く、キリスト教のありがたい話を牛にまで聞かせようという話で脅威に感じたこと。加えて銃の伝来からわずか50年足らずで当時の世界の鉄砲の半分が日本にあるという技術的脅威などもあり侵略に乗り出さなかったとも言われている。「優秀な労働者(職人)が多く確保できた」という点は同意。
>3つ目は「工業化を徹底して推進したこと」だ。明治維新後は、「脱亜入欧」を目指して西洋化を進め、積極的に西洋の設備や機械を導入したと伝えた。そして、政府も長期的な発展のために多くの企業を民営化して競争力を高めたとしている。
⇒清も改革について手を拱いていたわけではなく、ちゃんと洋務運動はしていた。それが徹底できなかったのはやはり「政治体制」が追い付いてなかったのが大きいように思う。「技術」をとりいれようとしたのまでは日本と同じだが、肉体の基礎能力が追い付いてないような感じがする。
上記以外の大きな理由として「清のほうが日本より大きな国であった」というのは挙げられるのではないか。西洋列強にすればより広大な土地をもつ清のほうが、日本よりも明らかに「ねらい目」だったのではないか。結果的にだが、中国が西洋列強の脅威にさらされる間にも日本は危機感をもって明治維新を成し遂げたように見える。日本とて戊辰戦争から西南戦争まで内乱は多数発生したし、既得権益者である士族はやはり抵抗したわけだが、朝廷という軸が定まっていたのは大きかったのではないか。
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