片桐仁、解任された元相方の小林賢太郎氏と演じた過去のネタを改めて謝罪
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=6603854
***************************
今は多少薄れてきているイメージだが、日本では個人同士の話題として「政治」「宗教」を話題にするのはタブーという感覚があった。今もあるだろうか?
で、政治と宗教は皆が話題にしにくく意見交換の場を持ちにくくなっている。それが理由なのか日本の政治はレベルが低いという感覚がある。宗教は取り上げる度合い自体が低い感覚の一方で政治についてはマスコミが否定的に取り上げる度合いでコントロールしてきているイメージが強い。多分に私個人の感覚的な感想に過ぎないのは認めるところだが。
要は単に話題にする、注目するのもダメというのと「それについて肯定的、批判的に良く検証する」というのは違うのではないか。言論封殺の度合いが過ぎると現在の中国や北朝鮮と同じくなってしまう。
この前の小山田氏のは論外で唾棄すべき内容の取り上げ方だったので処分は当然と思う。「障碍者」にあまりに否定的差別的攻撃的な取り上げ方で、その反省どころか武勇伝として語っている感すらあった。
一方で小林氏のナチスに対する取り上げ方は決して肯定的なものとは思えなかった。とはいえ「言葉だけ」を見るとそう見えてしまうという難しさはあった。字面を見ただけでヒステリックに反応してしまう人が一定数存在するという難しさがあるとは思う。まあ辞任もやむをえないかなという際どいレベルだとは思う。
ナチスドイツを出すだけでダメとなればインディジョーンズやドリフターズもダメとなってしまうのではないか。
LGBTQの方が現時点では社会的に少数派であり、多数を占める方の性嗜好と「違い」があるのは事実であり、多様性の許容とは「違い」を認めることであって「同質化」「異質の存在、価値観、意見の排除」というのは多様性の許容とは真逆の概念だとは思う。
ログインしてコメントを確認・投稿する