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2021年07月03日22:49

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国立海洋博物館所蔵の『玆山魚譜』筆写本

『玆山魚譜』の日本語訳の所在について、成川彩さんから、「ソウル大の李文雄名誉教授によると『玆山魚譜』の日本語訳は中央水産研究所と釜山国立海洋博物館の2カ所にある」というお返事をいただいた。そこで、釜山国立海洋博物館について調べてみた。

https://www.knmm.or.kr/?folder=collection&page=view&idx=42&type=search&search_word=&search_word2=&s_key=%EC%A0%84%EC%B2%B4&s_value=%EC%9E%90%EC%82%B0%EC%96%B4%EB%B3%B4
釜山の国立海洋博物館の図書館のサイトには、『玆山魚譜』についての特別なページがあり、鄭文基の筆写による『玆山魚譜』の写本の表紙と最初のページの写真が載っている。
拡大して見ることもでき、余白にたくさんの書き込み(ハングル、カタカナ、漢字交じり)があり、これは鄭文基が校訂し、内容を確認するためのメモであるとわかる。校訂本の成立を知るための第一級の史料といえるだろう。

この写本が海洋博物館に寄贈された経緯について書かれた文章もまた、ネット上で見つかった。
寧越書籍博物館のパク・デホン氏の「パク・デホンの古書物語」というコラムの第21回「ガラスの魚」(2021年1月27日付け)である。
박대헌의 고서이야기 21 유리물고기
http://www.kukak21.com/bbs/board.php?bo_table=news&wr_id=14043

今から25年前に、ソウルのあまりぱっとしない古書店で、箱詰めになっていた古書やらガラス乾版を見せられて、ただならぬものであると感じて買い取った。どういう事情があったのか、鄭文基氏所蔵の資料が大量に流出していた。ガラス乾版は、朝鮮総督府の水産試験場にいた内田恵太郎による魚類写真で、8000点もあった。2004年には、寧越書籍博物館で、これらの魚の写真展を開いた。この時に購入した資料はガラス乾版だけでなく、「玆山魚譜」の写本や数百冊の魚類関連書が含まれていた。2011年にこの資料をすべて海洋博物館に寄贈した。

「ガラスの魚」という題で、あっと思った。
竹国友康氏の「ハモの旅、メンタイの夢」にも、パク・デホン氏が、内田恵太郎の魚類写真のガラス乾版を古本屋で見つけた話と、ガラス乾版の魚類写真の展覧会を行った話が書かれていたからだ。でも、そこには、鄭文基の「玆山魚譜」写本のことは書いてなかった。

さて、パク・デホン氏の回想記から、鄭文基が原文の校訂や解釈に使用したらしい筆写本(漢文)が、何らかの理由で流出し、古書店経由で現在は海洋博物館にあることが明らかになった。
2021年から25年前というと1996年。鄭文基氏の没年は1995年である。没後すぐに、その蔵書やガラス版、筆写本などが古書市場に流出したことになる。その中に、日本語訳原稿もあったのだろうか。そして、それを運よく、パク・デホン氏が入手していたとしたら、それは、海洋博物館に寄贈されたであろう。そのことを、李教授は突きとめたのかも知れない。

ところで、李教授の2014年の論文中に、鄭文基の息子の鄭朝汐氏も、父と同じ水産生物学者の道を辿り、「詳説 玆山魚譜」(1998)という本を出されているということが書かれている。だとすると、なぜ、父親の死の直後、蔵書や資料が散逸することになったのか、これも謎だ。鄭文基氏についてはたくさんの情報がヒットするが、鄭朝汐氏のことはまったくわからなかった。
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