mixiユーザー(id:2973687)

2021年03月16日22:23

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占領地入国で諜報機関員に秘技を使った話♫

写真左 レバノン出身の音楽家マルセール・ハリーフェ 
写真中 パレスチナの詩人マハムード・ダルウィーシュ(奥)とパレスチナ出身の文
    学批評家エドワード・サイード(前)。サイードの『オリエンタリズム』と
    『イスラム報道』は重要なので是非読まれたい。
写真右 西岸地区でイスラエル軍の弾圧に抵抗するパレスチナの若者達、

アラブ某国で縁あってアラビア語を勉強していた時、マルセール・ハリーフェの『母へ』という曲を知り、気に入って何度も聴いていた。まだアラビア語はおぼつかなかったが、詩はパレスチナの詩人マハムード・ダルウィーシュのものであることを知り、この曲がパレスチナに関心を寄せる大きなきっかけになった。

詩を日本語に訳して曲も貼り付けておいたので、こちらをご覧あれ。
https://mixi.jp/home.pl#!/diary/2973687/1076306477


その後、大学院で学ぶことになりフィールドワークはシリアとヨルダンとパレスチナを選んだ。一度は占領地に行かねばならないと強く感じていたからだ。

まずはシリア各地を回り、次に陸路でヨルダンに入った。アレンビー橋を渡って占領地・パレスチナ西岸地区に入るためだ。

アンマンでは日本人の知り合いの家に泊めてもらった。彼の家にアラビア語やパレスチナ関連の資料すべてを置かせてもらった。このような資料を持っていれば、イスラエルの入国管理官に疑われて、厄介なことになるからだ。占領地で会うべきパレスチナ人の名前や住所はすべてカタカナにして電話番号は漢数字で手帳に書き写した。イスラエルの諜報員であろうと、カタカナや漢数字は読めない。

アンマンから乗り合いタクシーでアレンビー橋に向かった。ここはパレスチナ人がヨルダンへの出入国に利用するため、入国審査は極めて厳しくかなりごった返していた。ここからの占領地入りを経験するのもフィールドワークのうちだ。

多くのパレスチナ人が荷物検査を受ける中、私もそれに混じった。検査カウンターは五つほどあり、制服の入国管理官が荷物を調べていた。一人だけ私服で腰に拳銃を差した眼光鋭い男が内部を歩き回って各カウンターに目を光らせていた。こいつは諜報機関の人間だなとすぐに分かった。

私が検査カウンターに進むと、諜報クン(笑)が制服を押しのけて私の検査に当たった。
「いくら荷物を調べても私の正体は見破れないし、お前じゃあカタカナも漢数字も読めないだろ」と内心、諜報クンを馬鹿にしていた。

諜報クンはバッグの中から件の手帳を見つけてパラパラとめくったが、案の定カタカナや漢数字は読めなかった。バッグの中の検査は一通り終わり「俺の勝ち」と思っていたら、彼はバッグのサイドポケットを開けた。「そんなところに何もねえよ」と思っていたら、シリアで買ったアラビア語の地図が出てきた。

アンマンで地図を抜くのを忘れたのだ。
「しまった!」
と心臓が凍りついたが平静を装った。諜報クンはいきなり鋭い口調のアラビア語で
「お前はアラビア語が分かるのか!」と聞いた。
あまり上手なアラビア語ではないなと思いつつ、何を言われたのか分からないふりをした。

諜報クンは英語に切り替えて同じ質問をした。私は観光客を装ってニコニコとしながら
「マルハバ(こんにちは)だけは覚えた」
とわざとたどたどしく発音した。

「何でアラビア語の地図を持っているんだ」と厳しく問い詰めてきたが、
「アラビア語はわからないけど、この地図はいいお土産になるじゃないか」
と答えると、諜報クンは私を別室に連れて行くこともなく、納得して検査を終えた。占領地の詳しい地図はアンマンに置き、抜き忘れたのが観光地図で良かったぜ♫

非常に危なかったが、「俺の演技の勝ち」と諜報クンを馬鹿にしつつ、占領地・ヨルダン川西岸に入り、様々な厳しい占領の現実を目の当たりにした。もちろん手帳を頼りに会うべき人にも会えた。これぞ黎明の秘技♫(了)



















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