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2020年11月09日21:00

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継続ストレスを受けない考え方

■若者は自信が持てず? 自分が大好きな人は3割しかいない現実
(しらべぇ - 11月08日 21:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=202&from=diary&id=6298928

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私は自分が大好きだ。100点満点ではないが90点から95点くらいでうろうろしている。周囲には相応に迷惑をかけている自覚はあるが(笑)それでも自分が大好きだ。

で、なぜ自分が好きかというと「自分に正直」というのが1番大きいと思う。やりたいことをやり、言いたいことを言う。その上で単なるわがままにならないように周囲と利害調整をする(自分の幸福は周囲も幸福でなければ持続できないので)。その利害調整をする自分も好きだ。

「そんなに簡単に言いたいことを言ったり、やりたいことをやったりできない」というのなら、「言わない」「やらない」方が良いと自分で判断したのだからストレスを受ける必要はない。「いやストレスを受ける」といういのなら「言う」「やる」べきだ。タイミングを計る必要はあるにしても、結局のところ死んでしまうまでの時間制限において「いう」「やる」なのか「言わない]「やらない」の2択でしかないのだ。どちらにしろ「よりストレスの少ないほう」を選ぶのが良い。そして大概は「言う」「やる」になるものだ。

自分で解決できない課題の場合は「とっととあきらめる見切りができる」というのも大きい。「自分の領域にない=自分にはどうしようもないこと」で悩むのは時間がもったいない。それよりも自分の領域にあることで最善を尽くすことに全力を尽くすほうがよい。課題や悩みは発生するが一瞬のモノであり「継続ストレス」を受けないので常に快適だ。

自分なりの礼儀や誠意を尽くして調整はするが、それが通じない相手がいたら「仕方ない」とあきらめる。「自分の最善を尽くした」という結果に満足し、たとえ結果が悪いものでも瞬時に受け入れる。もっというと「自分が最善を尽くせなかった時」でも仕方がなかったと思えれば結果を受け入れることは十分可能だ。

自分の人生は自分が主役なので自分自身が魅力的でなければ人生は面白くない。半面、たとえ貧乏だろうが環境に恵まれて居なかろうが主役が魅力的な物語は面白いし、続きが読みたくなるものだ。

たとえば自分が好意を寄せた異性がいたとして。「相手の好みを探り」「自分を成長させて確率を高めて」「告白する」までは「自分の領域」にあることだ。一方で相手がこちらの好意に応えてくれるかどうかは「相手の領域」にあることだ。相手が自分の行為に応えてくれない場合は「じゃあもっと私にふさわしい相手がいるのだろう」と考えて次の相手を探すのが正解だ。相手が断った場合、私はとっととあきらめて次の相手を探す。ここで下手にこじらせると「ストーカー」になってしまうわけだ。

また逆境や困難にある時でも「自分に工夫の余地がある」限りは簡単にあきらめない。「この逆境でも簡単にあきらめない俺ってかっこいい!」とナルシストになって頑張ればよい。個性が最も試されるのは逆境でこそだ。生きている実感がある。一方で「あ、こりゃ無理だ!」と見切ったら、たとえ無責任と言われようと私は一目散に逃げ出す。自分の身を保ってこそ幸せになれるというものだ。(なお、自分の責任に殉じる人を見ると、私にはまねできないからこそ、むしろ敬意を覚える。)


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