mixiユーザー(id:7016667)

2020年11月04日20:42

36 view

言われる側にも強さを持ってほしい

■学校の「あだ名」禁止に賛否両論。あだ名で得したこと・損したことは?
(日刊SPA! - 11月04日 16:02)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=81&from=diary&id=6293808

*********************************

まず私自身が「掛け算九九『2×4=8』と音にすると一文字違い」の苗字なのでずっと言われてたが別にいやとも思わず。その次は相撲取りのしこ名と近しいということで相撲取り風に呼ばれたがそれもまたよしでした。

友人で「サザクン」「ペンチ」というのがいましたが、彼らの本名を知ったのは知り合ってから10年近く経てからでした。しかも本名とはまるで関係なかったという(笑)。

本題に戻りますが、要はあだ名がいいとか悪いとかではなく、呼ばれた本人が嫌がるのがダメということでしょう。あだ名禁止というのは「あだ名によるいじめ」への抑止になるだろうけれど、本質的には意味がないわけで。たとえ「本名+さん」でも馬鹿にした表情と口調と抑揚でいわれた本人に不快感を及ぼせば「いじめ」となりえるわけで。

なんでもかんでも禁止とするのではなく、必要最小限の禁止範囲にとどめて欲しいと思います。言われる側が即座に致命傷を負うような状態ならば保護せねばなりますまいが、そうでもない限りは「言われる側にも強さを持ってほしい」と個人的には望みます。

なぜなら世の現実として世の中にずるい奴や卑怯な奴は尽きることはないわけです。そんな彼らに倫理を求めてもむなしいものでしょう。また、普段は善人でもふとした拍子にそういう悪意的表現がつい出てしまうことも多数あり得ます。

「なぜ責任のない被害者が馬鹿な加害者のために対応せねばならないのか?」というのは性犯罪にも通じるものがありますが(痴漢が悪いのに被害者になる女性側が自衛せねばならないこと)、そもそも「悪人」に倫理や道徳を求めるのは無理があるのです。彼らには罰則を与えるとして、予防や防御という意味では被害者側が自衛するほうが「社会的には効率が良い」ということです。
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2020年11月>
日 月 火 水 木 金 土
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930