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2019年09月13日22:20

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インド映画「あなたの名前を呼べたなら」

「シークレット・スーパースター」に続き、女性が主役のインド映画。

 デカン高原の農村から、住み込みメイドとしてムンバイに働きに来ているラトナ。建築会社社長の御曹司のアシュビンの新婚家庭で働くはずだったが、結婚式当日に新婦の浮気が発覚して結婚はキャンセル。高級マンションに一人で住むアシュビンに仕えることになる。
 彼女は故郷の村で結婚直後に病弱だった夫が死亡、19歳で未亡人となった。未亡人に再婚は許されず、一生、日陰者として暮らさなければならない。そこで村を出て、街で働くことにしたのだ。自分と同じ轍を踏ませたくないと、妹に学費を送り、義理の両親にも仕送りをしていた。また、妹の高校卒業後は二人で服を仕立てて売る店を出したいと考えていた。
 そこで、手始めに家事の合間に近所の仕立て屋に弟子入りし、裁縫の技術を身につけようとするが、強欲な店主は掃除や買い物などの雑用を言い付けるばかりで一向に裁縫を教えてくれない。
 アシュビンは以前、アメリカで暮らしていたが、兄の病気を機にインドに帰国、結婚が破断となって以来、口うるさい母や姉に辟易とし、富裕層の男女の合コンにも心は晴れない。
 ラトナは、同じマンションでメイドをしているラクシュミの助けで、まともな洋裁学校に入ることができ、そこで身につけた腕でアシュビンに自分がデザインしたシャツを仕立ててプレゼントする。アシュビンは大いに喜び、昔から仕立て屋になりたかったのかと聞く。彼女は、「いいえ、ファッションデザイナーです」と答える。そして、貧しい農村生まれの女性がファッション・デザイナーになりたいという夢を持ってはいけないのか?と問いかける。
 彼は自立した女性としてのラトナに惹かれていくが、彼女はきっぱりと断り、荷物をまとめて出て行く。アシュビンはまたアメリカに戻ることを決意するが、彼女のことを忘れたわけではなかった。ムンバイに住む妹夫婦の家におちついたラトナは、ある店で働かないかとのオファーを受ける・・・。


 身分違いの恋というのはラブストーリーの定番だが、階級差の強固なインドではやすやすとハッピーエンドにはなり得ない。現実味のない絵空事になるか、悲劇に終わるか。しかし、この映画はどちらでもなく、女性が自分で人生の人生を掴み取ろうとする物語だった。

 そのストーリーも素晴らしいが、目を引くのが美しい衣装の数々。主人公がファッション・デザイナーを目指しているというだけあって、田舎から出てきたメイドがこんなに衣装を持っているのかと思うほど、シーンごとに変わるサリーがとても美しい。インド映画研究者の松岡環さんによると、未亡人は派手な装いもアクセサリーをつけることも禁じられる社会もあるとのことで、村を出たばかりの頃は地味な色合いでだんだん華やかになっているというのだが、その地味な色合いのものもとてもシックで、そのサリーを纏った時の身のこなしも美しく見える。

 最初に弟子入りした仕立て屋で、裏地や小物の買い物を言いつけられて奔走する市場も楽しい。所狭しと布地や服飾小物の店が並ぶ通りにはため息が出そう。あんなたくさんの美しい布地の店に入ったりしたら、何時間でもうっとりと楽しんでしまいそう。

 インドでは宗教やカーストによる差だけでなく、富裕層と貧困層とでは住んでいる世界が違う。身分違いの結婚など、ありえないという。監督自身が、生まれ育った家で多くの使用人がいて、格差を肌で感じて育ったことから、このような設定の映画を作ったという。けれども、インド国内ではその設定そのものへの抵抗が強く、未だに公開できないのだそうだ。
 
 手作りのシャツをプレゼントしたことで、ラトナのアシュビンへの思いは明らかだが、あくまでもメイドとしての立場から踏み出すことはない。アシュビンは、「もう、Sir(ご主人様)と呼ぶのをやめてくれ」と言うが、彼女は雇用関係にある限りその呼び名を変えない。
原題は「Sir」だが、その裏返しとも言える「あなたの名前を呼べたなら」という邦題は、監督もとても気に入っているという。

写真は、ラトナがメイド仲間のラクシュミとともに買い物に出かける服飾小物のお店のシーン。
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