■4階級上の体重だったネリの暴挙に汚された元名王者山中慎介のラストマッチ
(THE PAGE - 03月02日 09:02)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=177&from=diary&id=5009449*********************************
この手のニュースが出るたびに思うところがある。
ルールの不備について、より責められるべきは選手ではなくて「ルール制定者」ではなかろうか? ということだ。
少数派で炎上気味の青木真也選手や元衆院議員の上西小百合の意見に同調するわけではないし、別に彼らを擁護するつもりもない。
「白鵬のカチ上げ」にしても「ネリの体重超過」にしても「強打者への連続敬遠」「カット打法」にしてもルール上の制約が不適当という印象がある。
むろん気分の良いものではないし、ほめられたものではないし正々堂々とは程遠いが。
それでも選手はルール内で最善を尽くすものだ。場合によっては「ルールの穴を突くこと」も含まれる。選手にルールを作る権限はないのだから。
権限がないことで責任を責めるのはフェアではないのだ。
ルールの不備を突く気持ち悪さについては彼らが嫌われる要因にはなる。だがルール制定の権限がないにもかかわらずルールの不備の責任を選手に負わせるのは違うと思う。
個人的見解としては、カチ上げは命中部位などの条件をより明確にし、腕に包帯を巻いた状態での使用は禁じる。ボクシングについてはファイトマネーの9割を没収してもよいだろう(試合放棄の可能性があるがそれはそれで違約金を加算する)。甲子園の敬遠やカット打法などは特に変更せずとも良い気がする。(現時点の見解なので即座に変わる可能性もあります)
あらためて、ルールの不備について責められるべきは「選手」ではなく「ルール制定者」ではなかろうか?
・ルールの不備について責められるべきは制定者なので競技者を責めても筋違い
・権限なくして責任なし、責めるべきはルール制定者、変えるべきはルールであって競技者ではない
・善悪と好き嫌いを同列に語ろうとするから問題がややこしくなっている
「性格がサムライとは程遠く、手段を択ばないニンジャな私」とてネリ選手のやり口は大嫌いだ。だが、ルール上問題ないとされる点の責任を選手にかぶせるべきではない。
感情的になってそこを混同すると問題は解決しない。
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