世間一般で何か問題視されることがあるとして。
「それが問題だ」という見解は一致する。でも、「だからこうする」という対応度合いが違う人ってのはなかなか処置に困る(苦笑)。
たとえば精神的に不安定な仲間がいるとして、「そこに解決すべき課題がある」という意見は一致している。
ところが「どうケアしていこうか」と考えたい時に「あいつはもう排除だな」と言ってしまうような感じで。なんというか「信号無視したら死刑」みたいな過激な反応で。
意見の方向は同じでも度合いが過激すぎる人なわけで。
むろん、そのような過激な反応は周囲の賛同が得られず多数派になることはない。むしろ過激な対応を唱える者は、ことその問題に関して言えば「孤立」しかねないわけで。
排除を唱える側がむしろ孤立するという事例は最近の選挙でも見られたとおりだ。
「排除を唱える者」は「相手からも排除される」。
排除が必要な時もあるので、単純にいい悪いとは言い切れないが、少なくとも周囲の賛同を得られないレベルでの排除主張をする場合、自分が排除される覚悟が必要だろう。
・・・その過激な人間が周囲から孤立しないように根回しをしているのが私ってのが泣けるトホホな状況ではある。いや、それすらも楽しんでるっぽいのが我ながら性癖に困るんだが。
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