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2017年05月18日23:32

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理想論はよいとしてなぜ現実がともなわないのか

■他人への大切さを忘れ、何となく「戦争」に向かう日本人
(まぐまぐニュース! - 05月18日 00:40)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=240&from=diary&id=4577119

>北朝鮮による挑発行動で、日本国内でも「戦争」「防衛」「先制攻撃」などといった、きな臭いキーワードを日常的に目にする昨今の日本。
メルマガ 『ジャーナリスティックなやさしい未来』の著者でジャーナリストの引地達也さんは、「戦争」の是非について論じようとすると、すぐに左右のイデオロギー対立に誘導されてしまうと述べた上で、もっと「人を大切にする」という基本的な論理から考えるべきだとの持論を展開しています。
戦争という現実、人を大切にするという倫理から考えたい

⇒はぁ、人を大切にするという倫理からですか。それを根拠に主張をしたいというわけですな。一応聞きましょうか。

>北朝鮮の挑発行為に対して「戦争」が現実味を帯びた未来として語られるようになった。いつの間にか、という感覚の中で海上自衛隊が米国の空母の護衛につき、その任務の支援を行っている。
2001年の米中枢同時テロを受けての米軍主導のアフガニスタン攻撃の際、海上自衛隊はインド洋で軍の給油活動をしたこともあったが、
今回は同じアジアの海域で朝鮮半島をめぐる問題の対処として位置づけられているから、「私たちを守るため」という雰囲気を醸し出しながら、何となくの戦いがすでに始まっているのかもしれない。
日清戦争、日露戦争、そして日中戦争から太平洋戦争まで、どの戦争の歴史も、庶民にとっては何となく始まった感覚が伝えられているから、多くの方が指摘しているように、今は戦後ではなく、戦争以前、ということである。
日常が突然、戦争の世になることは、最近ではシリア内戦やウクライナなどでも知っているはずだが、それは遠く欧州や中東の話だった。
今は隣国の出来事である。日常に入り込んだ戦争に私たちは抗う術はないから、今から考えなければならない。日清、日露、日中、太平洋戦争も世論の多くは戦うことを拒否しなかった。

⇒うん、よくわかってらっしゃる。「隣国の出来事」ですよね。はた迷惑な隣人がこちらの庭にまで大きな花火を打ち上げてきてるわけです。その時、隣人にあらがうという話を期待してよいのですかな?(フラグ)

>権力により世論は作られたにせよ、大きな抵抗は消された。例えば、内村鑑三が日露戦争に反対し萬朝報を辞したのは事件となったが、それが潮流を変えることにはならなかった。
そして、今、身を挺して警告を発する人さえいない。それは悲しい。となれば市井の方々が声をあげるしかない。そんな思いでいたら、ある障がい者が「話をしたい」と私のもとにやってきた。
「反対を通り越して、憎悪のマグマです」。
そう切り出したその男性。障がい者はマイノリティの立場で、政策に取り残される疎外感に抗い、その立場を主張するイメージが定着しているが、
実は「障害者も権力に縋らなければ生きてい行けない人もいるから、声を上げない、または権力に密着する人も多いのです」と言う。特に安倍晋三首相は敵と味方を明確に分けて、
世論を二分して巧みに反対意見の牙を抜いていくことに長けている。だからいつの間にか障がい者の「仲間がいなくなった」と嘆く。だから「マグマになるしかない」と言う。

⇒って、なんで「一応は選挙で選ばれた家主にあたる安倍晋三首相へのマグマになる話なんやねーん!」ってずっこけました。
 まあ、ある意味予想通りですが。苦笑するしかありませんな。隣人の花火がどんどん派手になってるのだからそれを止めようとするのが当然だと思うのですが。
 戦争反対は危険な挑発行為を繰り返している北朝鮮に向かって唱えるべきであって、日本国内で主張してもほとんど意味ないでしょうに。

>最近の政権による次から次へと繰り出される「弱い立場」を愚弄するかの振る舞いから、なお更に怒りは蓄積するばかり。安保法制や対テロ法案で障がい者が感じるのは、「命を守る」国、ではなく、「命が守られない」国に対する不安であろう。
例えば車いすの男性が、喧嘩に巻き込まれた場合、男性はその身体的ハンデゆえに苦戦を強いられる。足が不自由であれば、逃げるのにも苦労がいるだろう。
この喧嘩において、男性はやはり逃がしてもらうことを考えるべきで、喧嘩の中で男性が逃げることを許されるには、その仲間たちが、その男性を優先的に助けるという文化がなければならない。
不自由な状態にある方々の命を守る意志は、制度や仕組みではなくフィロソフィー(ものの見方、考え方)の問題である。命を守る、という高い倫理観。この考えを突き詰めれば戦いの回避に力が注がれるはずだ。

⇒「戦いの回避」という理想は尊重されるべきです。例えばのあとがその前の主張の理由や前提になってない時点で残念なことに。具体的な方策は? 
理想論は目指すべきものですが、現実からの積み上げがなければ理解や共感は得られませんし、そもそも「絵に描いた餅」ではないのですかね? ベストとは思えませんが現在の首相がやってるのは一応は抑止力になりえると期待できます。
 
「戦争になったら責任をとれるのか!}「一切のリスクや被害が出ない方法?」ありはしませんよ、そんな「ご都合主義なもの」は。ただ人間ができる範囲でやれそうなことをやるしかないのです。

>今、日本はその高貴な倫理観を持ち合わせて国民を守る、とは到底思えず、むしろ、弱者を顧みず自分の戦いを優先し、マッチョな姿で国際社会から尊敬されたいという欲望に満ちているように思う。この論の展開は通常、左右のイデオロギー対立へと誘導されてしまうのだが、政権が繰り出すそれぞれの法案への違和感はイデオロギーという政治思想や仕組みの問題ではなく、命をどのように大切にするか、という倫理観の問題だ。
今の政権が繰り出す法案も国会での答弁もすべては、人を大切にしているようには思えない。だからいまだに噴火しないマグマとなって、今その時に向けてエネルギーをため込んでいるのだ。

⇒だから、そのマグマとやらは北朝鮮や中国に向けてくださいってば。」主犯に向かない理由」がまるで理解できません。

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