�▲侫�ンランド 移動編
ツアー一行は我々を含め8名。我々と同じハネムーナーが1組、
リタイアしている老ご夫婦が1組、モデルさんらしきセレブ母娘が1組であった。
くつろぎながらの10時間の飛行で関空からヘルシンキへ。
時差が7時間あるので3時間しか経過していないのが何とも違和感。
ヘルシンキ空港で乗り継ぎ便を待つ間になんとかつて日本代表を率いていた
「フィリップ・トルシエ氏」に遭遇。
フランス語でなにか取り巻きと話しながら素早く移動していたのでこちらからのアクションはとらず。
乗り継ぎ便でイヴァロ経由でキッティラ空港へ。そこからチャーターバスでユッラスへ移動。
宿泊先はアパートメントタイプでキッチン、そしてサウナも個別についている。
装備を降し、防寒装備をかためて初日のオーロラ観測に400mほど離れたところにある湖の中央を目指す。
・・・寒い。いきなりのマイナス25度に加えて強風が吹きつける。
オーロラ?んなもん見えるわけもない。
5つのクビを固め、上半身は5枚、下半身は4枚。ニット帽に手袋と靴下も2枚装備。
カイロも背骨、心臓、首につけていたが、寒風は殴りつける勢いで熱を奪っていく。
めちゃくちゃ寒いのはふともも。そしてカメラや三脚の準備作業で
生じた手首のわずかな隙間から指先が凍えてマヒする。
「これはどうにもならん」ということで30分持たずに退却。
初日は散々であった。
宿に戻り、相方と反省を語り合う。
オーロラは完全に「環境の領域」であり、見えないのは仕方ないにしても
地上にいる我々にはやれることがある。
「夜空を少しでも長く見上げ続けること」だ。
そのためには凍傷などにならない防寒対策が必要であった。
部屋に帰るとカイロが固まって死んでいた。
中の水分が凍り付いて発熱機能を奪われていたのだ。
相方「寒すぎるよね。死んじゃうかと思った」
私「初日に過酷だったのはむしろ幸運であった。あれに耐えられたのだから
もはやあれより甘い試練は平気で乗り越えられる。人生と同じだ。」
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