mixiユーザー(id:7016667)

2016年09月24日18:44

405 view

過激な思考をする人はダブスタが多い傾向・・・かな

■長谷川豊の”いつもの炎上”を芸としてどう咀嚼するか|やまもといちろうコラム
(デイリーニュースオンライン - 09月24日 14:10)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=254&from=diary&id=4208720

*******************************

細やかな中身については他の方に譲るとしてもうすこしほわっとした全体的なお話をば。

まず私の大前提として。
「生まれも育ちも環境も習慣も異なる人が多数いる時点で世の中様々な価値観、考えがあるのが当然のこと」
⇒他人の思考は他人の領域なので変えようとは思わないこと(狂信者の考えを論破で変更できるなどとは思わないほうが良い。労多くして益少なし。ちゃんと議論できる人ならば議論するのもいいのでしょうけれどね。いくら論理力があっても動物を説得するのは不可能ですからしてw)

「それを内心で思うことまでは無制限の自由がある」
⇒なのでこのガセ川さんがこういう考えを持つこと自体はご自由というかご勝手に

「内心にとどめずに外部に表明することで他人に反応されるのは覚悟すべき」
「特に他人の領域に踏み込む攻撃的、過激な思考を表明したり、断言し、それを押し付けようとする行為は野蛮なことであり相応に同等の反撃を受けるのは当然のこと」
⇒ガセ川氏はこの点を理解、計算の上でやってるのだろうからして。攻撃された側が反撃するのもまた当然。

たとえば「ISIS」と「我々」がなぜ相容れないのかと言えばISISは自分たちの価値観以外はすべて破壊するという表明をしているからだろう。ISIS以外のすべては従属するか、敵対するかしか選択肢がないわけだ。
逆サイドでフランスのシャルリーエブド誌だったかは日本の東日本大震災やイスラム教の教祖を揶揄する表現をして「表現の自由」とのたまったが、他人の災害や大切なモノを揶揄して「ユーモア」と称していた。他人の怒りを買ってまでそれを揶揄することにどれほどの意味があるのかと聞いて呆れる。実際怒ったイスラムの方々から襲撃を受け人命を失っているわけで。むろん人命を奪うほうが罪深いことだが、かといって「いらんことしなければ争いが発生しなかったのにと、彼らの「ユーモア」よりは「愚かしさ」で笑えてしまう。
シーシェパードは他国の食文化に自分らの価値観を押し付けるから無法で野蛮なわけだ。ウシを崇めるヒンズー教徒が牧場の牛を解放してまわったら、彼らは当然反撃するだろう。私は好き好んで犬を食べようとは思わないが、中国や韓国の犬を食べる文化に干渉しようとは思わない。私の食文化にも干渉されたくないからね。「他人の領域に踏み込むのなら自分の領域に踏み込まれて文句言うのはダブスタだろ」と思うわけだ。


・・・で、こういう過激発言をする人ほど自分のことになると途端に狼狽し、それまでの自説を棚上げする人、いわゆる「ダブスタ」が多いように思う。最近では某女性党首だとかかなぁ。あれだけ強気で断言しときながら「記憶が曖昧だった」とはずっこけそうになった。曖昧ならあいまいだと最初から言えよ(苦笑)。

発言の中身でいえば「基準線を勝手に決めている」「識別するべき範囲が不明瞭になりやすい」「過剰に攻撃的な発言、この方が本当に発言通りにするのなら某相模原の施設の連続殺人者と同じ方向になりえる」という稚拙なものだなぁとは思いました。
2 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2016年09月>
日 月 火 水 木 金 土
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930