棋士・羽生善治名人が対局の手順を覚えていられる秘訣
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=125&from=diary&id=3991576
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現在進行形の生きるレジェンドである羽生さんを持ち出すまでもなく、直前に指した対局手順を暗記してするくらいならわれわれアマチュアの段持ちでも十分に可能だ。将棋を知らない人からするとわれわれアマチュアの段持ちクラスでも自分が指した将棋の感想戦を行うと吃驚されることが多い(マイミクさんで将棋同好の諸氏には共感いただけるはず)。
メモなど取らずとも100手から120手くらいなら覚えているわけだが、いちいち覚えようとしているわけですらない。
別に頭が良いとかではなくたぶんアマチュア初段くらいになればできる技術の一つだろう。我が家でも両親長兄はもちろん妹も楽勝で行う。
それはなぜかといえば本記事にあるように「ある局面で自分ならこういう意味ある手を指す」という事象の連続なので、単なる「7六歩」という符号(データ)ではなく、その裏に一定以上の意味がある記憶(メモリー)だからだ。
羽生さんクラスがすごいのは、盤面なしで5曲くらい同時に指すとか、「何十年前の誰と誰の対局の第何手目とここまで同じだが、この端歩がその時は突いてなかった」とか言い出すあたりだ(笑)。
純粋に「将棋」を知っているから意味づけが私のようなアマチュアとは比べることすらおかしいくらいの差があるのだろう。(はるかに次元の低い私からは類推理解しかできない)
歴史の年号暗記のダジャレ(鳴くよウグイス平安京とか)にも十分意味がある。単なる情報量とすれば覚えるべき情報量としては増えてしまう。だがメモリーとして考えるとむしろ定着度合いは上がるという寸法だ。
また歴史は今までの人生の因果関係のケーススタディであり、流れ、つながりがある。なのであれらも最初の「点」を覚える時は相応に苦労するものだが、点が増えて「線」(時代の流れ)になってくると覚えやすくなり、地域の幅まで含めた「面」になると各事件の因果関係が面白いように見えてくる。
内部監査でも多くの人間がそれぞれの時系列で意味を持って動いているので、俯瞰していると違和感に気付けるようになる。このあたりはどれも似通っているようだ。
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