誤変換が面白いのでそのまま表題にしたが意味が解らんか。
「相談しよう、そうしよう」です。
立場とか性格とかの「なんやかや」で、どちらかといえば相談をするよりも相談を受ける立場になりやすい気がする。
自分自身はあまり深く悩まず即断即決タイプと言うのもあろうか。
・優先順位を絞って考えるべき要素を少なくしている
・悩む時間と言う「確実なマイナス」を極力減らしたい
・単純に面倒くさい
と言ったあたりが主因だ。
「悩むと言う事はどっちを選んでも大差ないってことだ。だったら『とりゃっ』」という感じである。
むろん、即断ゆえの失敗もたくさんしているが、なにせ優先順位を絞って特に重要なものは考えてあるので「致命的な失敗だけは負わない」。まあ優先順位を絞り過ぎた結果で超重要なことを最初から見落としている場合、「完全にオダブツ」だが(笑)。
長々と考えても絶対の正解が出ない問題は考えるだけムダなことがある。
軽度の失敗は「威力偵察」なところがあって、致命傷さえ追わなければやり直しで修正できる。世の中の仕事はもちろん、我々の人生と言う残り時間があるわけだから慎重も度を越すとデメリットが大きいわけだ。
そんな私でも、当然相談を持ちかける相手は存在する。相談相手の基準は3つ。
・人間的信用
・能力的信頼
・客観的評価
まず人間的に信用できる相手でなければお話にならない。利害のぶつかる相手に相談しては目も当てられない。
相談する分野について一定以上の能力も欲しい。「大変だね」という慰めの言葉が欲しいだけなら能力は不要だが、問題を解決したいなら能力は必要だ。
客観的評価とは自分以外の存在に相談することで自分の見方の是正を図る意味だ。この場合は相談相手の意見そのものよりも反応など別要素が目当てだったりする。「他人に相談することで広い視野を持とうとできている自分はまだ冷静だ」と確認するわけだ。
まあ、こんな感じで今まで生きてきたし、今後も生きていくと思われる。
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