私は生来のお気楽な性格なので、ミスや失敗はいくらでもあるが「自己嫌悪」と言う状態に生まれてこの方、陥ったことがなかった。自分自身もしくは同等までの存在についてはミスや失敗で傷つけても「てめぇの能力不足だろw」と笑い飛ばしてきたわけだが。
おそらくそこまでバカではないので(?)概念としては理解できているんだが、その状態になったことがないので共感はできずにいるという感じだ。
先日、とある電話を契機にめでたく人生初の「自己嫌悪状態」に陥った。
私の精神的タフネスは以下の3つから構成されている。
� 屬海世錣蝓福瓮灰�部分)が少ないことで直撃を受けない回避性能」
そもそもこだわりが少ないので大半の事柄が自分にとって重要ではないので傷にならない
�◆崋�分の価値観に基づく優先順位づけによる無敵装甲」
長期的視点に立てばいちいち一喜一憂するモノですらない。解決できない問題なら悩まない。解決できる問題だけで悩む
��「楽観的な表裏解釈による無尽蔵の回復能力」
物事の表裏や多様性を見ることでマイナスだけではなくプラスを見出す。弱点や失敗からの成長には必要不可欠
自己嫌悪にいたる詳細は省くが、要は私より優先順位の高い存在ができたことで�´△砲弔い銅綸世�生じたことに起因する。
ただ「だから傷ついた」というわけでもなくて。「自分より上位の存在を自分の不始末で傷つけておきながら「無傷で平気な自分」に自己嫌悪をしたという構図である。
自覚はあるが私は若干「サイコパス気味」「哲学的ゾンビ気味」なところがあるようで(あ、マイミクさんにはご安心いただきたいがまかり間違ってもダースヴェーダーのように闇に落ちることはない。正確には「闇に落ちるだけの才能がない」
うむ、何事も経験だ。とりあえずリストカットなどの自傷行為をする人間の気持ちが前よりは理解できるようになった。(むろん私自身はそんな無駄なことはしない。「だって痛くするっていうから」)
既に克服はできた。「こだわり(=コア部分)が少ないことで直撃を受けない回避性能」「自分の価値観に基づく優先順位づけによる無敵装甲」を抜かれても「楽観的な表裏解釈による無尽蔵の回復能力」が失われるわけではない。精神ダメージを受けても松岡修造のごとく復元するのである。
ただあまりに以前と同じまでの「完全復活」をすると今度は「変化をしない=失敗に学ばないこと」になるので、敢えて少しだけ傷を残した感じである。少し成長するとしよう。
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