将棋電王戦 ソフトが反則負け
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表題は「士道不覚悟」を少しいじったものです。
さて正々堂々とか武士道とかスポーツマンシップと言う概念。世評は様々だが、今回の電王戦第2局の結末を含めて私見を述べてみたい。
まず何が発生したかと言うと「人間:プロ棋士の永瀬6段が2七角不成という王手」
「それをCPU:セレネが対応できずに別の手を指して反則負け」というもの。
「人間らしい指し手でプログラムを破壊した」と言えないこともない。劇的な展開に見ていて鳥肌が立った。
将棋ソフトの一部にはめったに発生しない「不成」を対象外にすることで読みの領域を稼ぐという手法がある。事前研究でそれに気づいていた永瀬6段はそのバグを指摘した上で勝ちきったということ。 なお、その手を指さずとも局後の検討でも永瀬6段は勝ちを読み切っていることも立証された。 実際の勝負でも勝利し、しかもバグまで指摘するという完勝劇である。
様々な意見があってよいわけだが。私としては「勝利のために最善を尽くして何が悪いのか?」と
プロ棋士乗りの意見である。根拠は以下の通り。
ルール内で最善を尽くすのが「選手」の務め。今回のプログラムの仕様(プログラマーは分かって行ってたのでバグではない。「仕様」に過ぎない)はプログラマーが自己判断・自己責任で行っていたもの。永瀬6段はなんらルール違反は無い。
今回の問題の根幹はプログラマーにあった。プログラマーの権限でソフトの仕様は決定されていた。なので、少なくとも永瀬6段を責めるのは「お門違い」だ。権限のないことで責められてもどうしようもない。
他の事例として、以前の五輪のバドミントンで中国チームがわざと負けることで強敵との対戦を避けたのがスポーツマンシップに反するとして失格にされたとか、高校野球での「強打者への連続敬遠」や「バント戦術」「カット戦術」「スローボール投法」に批判が出ることに私は納得いっていない。
「ルールの不備」に問題があるのなら、権限や責任があるルーラーが処断されるべきである。選手が責められるのは極めておかしい。他の選手にも同じ手段を講じる機会は与えられているのだから、機会の平等は守られているわけだ。(電王戦は少し違うが)
「見てて気持ちいい」「高校生らしい」とか「気持ち悪い」「スポーツマンシップに反する」
という感情をもつのはよい。だが、実際に選手に何らかの処断や不愉快な言動を浴びせることこそ不公平と言うものだ。
人間側だってうっかりで負ける勝負はあるし、今までの敗局には少なからずプロ棋士側のミスによるものがあった。だったらCPU側のうっかりミスもあって然るべきで、むしろこれでこそ公平性が保たれる。
繰り返すが選手はルールの中で勝つために最善を尽くす。そのスタイルへの好き嫌いの感情を抱くのはそれぞれの自由だ。だが、不当に強い言葉で非難したり、実際に処罰や失格で介入するとなるとそれは感情による暴走だと思う。
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