mixiユーザー(id:7016667)

2015年01月08日20:56

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「失敗の恩恵」「行き止まりに行く意味」

新規通信教育事業で苦境にあり撤退を考えている事業者がいる。ヒットが出ないことを承知で鬼門ジャンルに挑むクリエイターがいる。思うような結果が出ない活動に疲れ果てて妥協点を探る娘さんがいる。


どうやら世の中には原則として「あきらめてはいけない理由」と「あきらめたほうが良い理由」が存在するんじゃないかとハナーは思った。

「ケースバイケース」などとお茶を濁すつもりはない。よくよく考えれば結構明確なことだ。

「手段(戦法)」は諦めても良いが「目的(戦略)」は諦めてはならん。手段と目的の中間に位置する「目標(戦術)」については優先順位の変更はしても放棄はしないのが望ましい。

「目的」をあきらめるのはよろしくない。その時点で失敗が失敗として確定してしまうからだ。あきらめていなければ失敗は経験として積み重ね成長につながる。あきらめるとその「失敗の恩恵」を自ら遮断することになる。成長や成功の可能性を自ら閉ざすことになるから安西先生は「あきらめたらそこで試合終了だよ」と言ったわけだ。

「手段」はあきらめてもよい。正確な表現ならさっさと変更しても良い。目標は柔軟に変更しても良い。手段に固執して失敗するのは愚かなことだ。手段の優劣は成否で決まるのだから、成功確率が高く効率的、効果的な手段に切り替えるべきだ。また優先目標は状況に応じて柔軟に変更するべきということだ。

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このあたりで「逃げ出すタイミング」が見えてくる。致命傷になりそうなら逃げて力を蓄えたほうが良い。そのタイミングはあるモノの維持ができるかどうかで決まる。

「資金の維持」・・・ではない。資金も大切だが第一に考えるべきは「思考の維持(意地)」だと思う。思考が続くのなら上記の通り失敗を経験に成長できる余地がある。試していない手段を思いつく限り試してみるのが基本だ。「思考しても意味がない状況」になるくらいなら撤退もやむを得ない。試合が終了しているのに審判にくいさがったりするのは見苦しいだけだ。次にするべきは敗因を分析し、次の試合に備えることである。

失敗とはいわば「迷路の行き止まりを潰す作業」だ。行き止まりを視認して「往く必要はない」と確認するのは効率が良い。だが、行き当たりまで行ってみたら思わぬ「隠し通路」が見つかることがある。また、結果が出ずとも後になって「あれだけやったのだから」と自分を納得させる要件になる。そこに「失敗」「負け戦」の意味を見いだせるうちは、たまには行き止まりまで行ってみることにも意味はあるのではないか?

・・・むろん引き帰してこれるだけの体力や時間的猶予があることが前提だが。

私自身社会的に大した成果を挙げてはいない。だが、こういう「口先だけ」は年々滑らかになっていく。これも一つの成果ということにしておこうか(笑)。

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