大阪市で育った私にとって生駒山は常に仰ぎ見る存在であった
小学校の遠足などで少年時代ケーブルカーに複数回乗った記憶がある
二十歳を超えてからはこれで確か3回目・・・・・・・・
近くて遠い交通機関ってな感じの位置づけとなってしまった
「ガタゴト」揺られて急坂を進むケーブルカーやっぱし大人になっても心が躍る
前から来る入れ代わりの車両に手を振り撮影もこなした
わずか6分の旅だったがずいぶん遠くまで来た気分になりあの頃に戻ったかのように実年齢を忘れてはしゃいだ
『この人また舞い上がってる・・・』妻がそうつぶやいた気がして心に少しだけ蓋をした

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