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2014年11月24日12:22

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友人ならば友人の幸せを共に喜べばよい。それができないなら友人ではない。

■「何が悪いの?」子供の写真入り年賀状の賛否 スマホアプリ普及でますます白熱
(産経新聞 - 11月23日 18:26)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=133&from=diary&id=3154762


例によって「絶対的な正解がない話」なので賛否両論千差万別十人十色な話題である。私見を述べるが他人に強制するつもりもないし、逆に強制される覚えもないという前提で。(健全な意見のやり取り位ならまあいいんでしょうが)。

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■否定派「子供は知り合いじゃない」
 晩婚で1人目の子供を授かった東京都の会社員、田中恵子さん(40代)=仮名=は2人目不妊で悩んでいたとき、きょうだい仲良く並んだ子供の写真入り年賀状を受け取って落ち込んだという。
 「本当にへこみました。不妊治療をして1人目を産んだ女友達に相談していたら、しばらく連絡が絶えた後、年賀状で彼女に2人目ができたと分かったんです。自分も子供の写真入りで送っていたので反省しました」
 そうはいっても、今年も七五三のときに撮影した家族写真を使うつもりだ。
 「独身のときは『君たちの子供には一切、興味ありません』とバカにしていたのに、結婚、出産したら自分も気合いを入れて写真入りで作りました。うざいですよね。でも、ついやってしまうんです」

⇒一番矛盾してわがまま。自分はやられて落ち込むけど他人にはやるというのはひどくないですか? 反省してないじゃん。

とりわけ子供だけの写真を使った年賀状に対しては、不快感を持つ人が一定数いる。
 埼玉県の会社員、山田浩史さん(50代)=仮名=もその1人だ。「一度も会ったことのない子供の写真を見せられるにつけ、一体どういうつもりかと首を傾げてしまう。家族そろった写真だったら『あいつも老けたなあ』と思えるけど。自分に子供がいないから、そう思うのかもしれませんね」

⇒『子供だけ年賀状』の意見。私自身は別に不快感を覚えたりはしないが、本人も入っててほしいなとは思う。「子供だけ」というのは理解に苦しむ。

 東京都の会社員、伊藤裕子さん(30代)=仮名=も年賀状への思いは複雑だ。独身の伊藤さんには同じく未婚の女友達が多い。「新年早々、結婚報告を見るのがいやで年賀状を自分から出すのをやめた友人もいます。海外旅行先で1人で写っている年賀状を送ってくるのは、たいてい独身。背景が年を追うごとに秘境になっていく傾向があります」とため息まじり。
 子供だけの写真には「『あなたの子は知り合いじゃない』と言いたい。かわいいと思うのは親だけ。悪意がないのと悪くないのは別です。知っている子なら、大きくなったなあと思って自分の年齢を考えます。特に問題なのは手書きのメッセージもない写真だけの年賀状。一言でも添えてあると気に掛けてくれていると思えるけど」と怒りも感じる。

⇒自分が結婚できないことと他人が結婚することに因果関係はないはずだが。「他人の結婚報告を見るのが嫌」と言うのは嫉妬および自分が抱えている問題を直視させられるのが嫌ということか? 結婚報告を素直に喜べない相手と言う時点でそれは友人じゃないんだろう。


■肯定派「事情知らなければ配慮は無理」
 一方、子供だけの写真を使った年賀状を毎年送っている東京都の会社員、鈴木宏之さん(40代)=仮名=は「新年の挨拶と近況報告なのだから、『子供がこれくらい成長しました』と報告して何が悪いのか分からない」と迷いがない。
 形式的な付き合いの相手には出さないといい、「子供の写真で怒るようなら、その程度の付き合いということ。幸せ自慢のつもりはない。一家であなたの新年を祝いたいという気持ちなんです」と説明する。
 過去の論争をひもとけば、届いた子供の写真を見て成長を喜んでくれる人ばかりではなく、「未婚の私には嫌味」「不妊治療中なのに」と新年早々落ち込む人もいるのは明らか。鈴木さんもそうした心情を汲むのはやぶさかではないが、「個人的な事情を知っていたら、もちろん配慮はします。でも、事情を知らないのに『察しろ』といわれても無理。『あなた方の人生まで背負えないよ』という気持ちです」と反論する。

⇒切手代を支払ってるのは送り主だし。いやなら受け取り拒否すればいいと考えれば妥当かなと。人生を背負うは大げさかもしれないが、発信者に相手を傷つける意図がないのに「勝手に傷つく人間」は正直「面倒くさい」し「付合いにくい」とは思う。

 東京都の会社員、上田由紀子さん(40代)=仮名=は一人暮らしの母親が毎年、孫に囲まれた写真を使うという。「幸せ自慢と言われたらそうですが、駄目と言うと母の人生を否定するようで可哀想」と、撮影に協力している。

⇒友人ならば友人の幸せを共に喜べばよい。それができないなら友人ではない。

 ■専門家「公私の中間用も準備して使い分けを」
自分のことばかり伝えても、本来の年賀状の趣旨から外れるので気を付けてほしい」と指摘する。そもそも年賀状を送る習慣は無事に年を越し、新年を迎えた喜びを分かち合うための年始のあいさつが起源。武家社会で年賀に参上することがしきたりとなり、一般社会に広がった。遠方の人に出していたのが年賀状というわけだ。だからこそ、新年を祝う言葉や旧年中の感謝の言葉、相手の幸せを願う言葉を書く。
 ただ、年賀状は今や絆を確認し、親交を深めるツールとなっている。ふざけた年賀状でも相手がおもしろがってくれるなら構わないという。大事なのは相手への思いやりだ。

⇒発信者は発信したいことを発信するものだ。むろん受信者への思いやりがあるに越したことはないが、それは努力目標の域を出るものではなく、義務化されるものではない。受信者がそれをどう受け取るかは受信者の領域であり。不快ならば伝えるべきだろうし、場合によっては受け取りを拒否と言う手段は許されている。そういう努力をせずに「こちらの事情を察してくれ」というのは送信者にとっては不可知の領域であり、ちと無理があるように思う。

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