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Erwin Schulhoffコミュのシュールホフの生涯【1914-1918】

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第一次世界大戦という欧州を揺るがす未曾有の出来事に巻き込まれていくシュールホフ。その陰惨な体験は、彼の作品にも大きな影響を与えていきます。

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[1914年(20歳)]


5月8日:〔ピアノ協奏曲 第1番 作品11〕(1.Konzerts f?r Klavier op11:28)のオーケストレーションが完成。

5月24日:〔弦楽四重奏のためのディベルティメント 作品14〕(Das Divertimento f?r Streichquartet op14:WV32)

7月28日:ヨーゼフ一世が宣戦布告。シュールホフはオーストリア軍兵として出兵し、前線に赴く。

9月9日:兵士としてありながら、〔オスカー・ワイルドの詩によるアルトのための3つの歌曲 作品15〕(Drei Lieder f?r eine Altstimme mit Klavierbegleitung nach Oscar Wilde op15:WV33)を作曲。

12月11日:初のチェロ作品、〔チェロ・ソナタ 作品17〕(die Sonate f?r Violoncello und Klavier op17:WV35)を作曲。

12月24日:〔オーケストラのためのセレナード 作品18〕(Die Serenade f?r Orchester op18:WV36)が完成。



[1915年(21歳)]

2月:若き日の恩師、フランツ・ベルシェの思い出に捧げた曲〔3つの前奏曲と3つのフーガ 作品19〕(Drei Pr?ludien und drei Fugen op19:WV37)。ベーメンでの兵役。作曲する時間もわずかながらあった。

11月20日:9ヶ月かけて、〔クリスティアン・モーゲンシュターンの詩による5つの歌曲 作品20〕(F?nf Lieder nach Christian Morgenstern:WV38)を作曲するが、未完成のまま終わった。



[1916年(22歳)]


6月21日:デプレーセンの大隊へ。ここで最悪の戦争体験を受ける。



[1917年(23歳)]


冬:イタリア、ドロミテアルプス山脈のアシアゴ高原で、〔5つのグロテスク 作品21〕(F?nf Grotesken f?r Klavier op21:WV39)作曲。



[1918年(24歳)]


3月14日:休暇中、プラハにて〔ピアノ・ソナタ 作品22〕(Klaviersonate op22:WV40)作曲。この作品をメンデルスゾーン賞に応募する。


7月18-25日:チェコとドイツの国境に位置するエルツ山脈のアイヒヴァルドで、友人のズージー・エルスラーに捧げた〔5つのブルレスケ 作品23〕(F?nf Burlesken f?r Klavier op23:WV41)を作曲

7月31日:ベルリンの楽譜出版社、カール・ヘルマン・ヤートと最初の契約を結ぶ。

8月16-17日:美しいバレエダンサーであった友人、ズージーのために再び、たったの2日で〔3つのワルツ 作品24〕(Drei Walzer f?r Klavier op24:WV42)を完成。「私のたった一人の愛する人、ズージーの気晴らしと、願いの成就のために!」(シュールホフの献辞)

8月22日:〔弦楽四重奏曲 ト長調 作品25〕(Streich quartett G-Dur op25:WV43)をテオドル・クーレマンに捧げる。同月、〔合唱交響曲「風景」作品26〕(Vokalsymphonie “Die Landschaften” op26:WV44)のスケッチも制作。

8月24日〜10月8日:ケルン歌劇場の副指揮者として、オットー・クレンペラーのもとで働く。この時、ヤナーチェクの歌劇『イエヌーファ』のリハーサルに参加する。

10月22日:しぶしぶドレスデンの軍隊に戻る。デブレーセンの指揮官は12日後に迫る敗戦を予感していたが、シュールホフはそれに気づかないでいた。彼はこの日、電報を受け取り、自身の〔弦楽四重奏曲 作品25〕で2度目のメンデルスゾーン賞(作曲部門)を受賞したことを知る。

12月28日:プラハにて〔合唱交響曲「風景」〕のオーケストレーションを完成。間をおかず、〔オーケストラ伴奏付歌曲「人間性」作品28〕(F?nf Orchesterlieder “Menschheit” op28:WV48)を作曲。25日で完成させる。1919年2月、彼はこの作品の献辞をこう書き連ねている。「1919年1月に打ち殺されたカール・リープクネヒト の思い出に!」

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この年に終わった第一次世界大戦の経験は、シュールホフの世界観を根底から覆すことになる。それまでは、ドヴォルザークに認められたことからもわかるように、いわば「正統派」の神童であった。しかし、この戦争体験を経て、彼は政治的、美的な革命が必要であると考えはじめたのだ。

コメント(1)

--雑感

☆〔チェロ・ソナタ 作品17〕は雄大かつ英雄的なテーマで開始される名曲ですが、あれが厳しい従軍中に作曲されたとは驚きです。
☆美しいバレエダンサー、ズージーに曲を捧げて求愛行動起こしてますが、この他にその名もずばり〔Susi〕という曲も作ってます。ジプシーバイオリンとピアノで奏でられる甘いメロディが魅力的な佳品です。
☆クレンペラーの副指揮者を担当していたのも面白い話っすな。
クレンペラーは当時は前衛的な曲の理解者として名を馳せていました。

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